ルークに全てを話してから約一年。
それ以降もルークの態度はそれ以前とまったく変わらなかった。
二人はいろいろな街を巡り、旅を続けていた。
二人は、クラリアットの北に位置する中規模の街に立ち寄った。
昨夜から泊まっている宿屋の一室で、ルークは椅子に座って紙束を眺めていた。
「何見てるの?」
アルフェリアはひょいっとルークの肩越しに、ルークが見ていた紙束を覗きこんだ。
ルークは視線を紙のほうに向けたままで答えた。
「そろそろ路銀もやばくなてきたからな、ちと稼がないと」
ルークが見ているのは手配書だ。そこには似顔絵と、賞金が書かれている。
「賞金稼ぎするの?」
アルフェリアがきょんっとした瞳で尋ねた。
ルークはああ、と短く答えて頷く。
そして、ふと思いついたかのように後ろを見た。
すぐ後ろにはアルフェリアがいる。アルフェリアの表情は小さな子供そのもので・・・・・・
「・・・なぁに?」
じっと見つめているルークに、アルフェリアは疑問の表情を投げかけた。
「いや、なんでもない」
ルークはそう答えたが、実は頭の中ではぐるぐると考えが巡っていた。
もちろんアルフェリアのことだ。
アルフェリアはどうも年齢の割に子供っぽいところがある。
それもなぜか自分と一緒に居るときだけ。
アルフェリアが体験してきたことを考えると逆に大人っぽくなっても良さそうなものだが、アルフェリアの瞳は真っ白で純真な子供のようだった。
けれど他の人に対しては大人っぽい・・・というよりは当たり障りのない礼儀正しい対応しかしなかった。その対応は、昔・・・何に対しても心を閉ざしていた頃のアルフェリアを思い出させて、少しだけ、ルークを不安にさせた。
ルークは小さく息を吐いてから外を眺めた。
窓の外はまだ陽も高く、今から行っても日付が変わる前には帰って来れそうだった。
「アルはここで留守番しててくれ。今日中には帰ってくるからさ」
そう聞いてアルフェリアは口を尖らせ大げさなまでに反論した。
「えぇ〜っ。僕だって闘えるよ!」
その抗議をルークはあっさりと撥ね退けた。
「だーめ。まだ早い」
部屋を出かけたところで振り返り、もう一度念を押しておく。
「いいか、大人しく待ってろよ」
「はーいっ」
アルフェリアは、仏頂面ながらもとりあえず素直に返事をしてくれた。
ルークはぶーたれているアルフェリアを部屋に残して扉を閉めた。
ルークはその日のうちに帰って来ると言った。
けれど次の日も、その次の日も戻ってこなかった。ルークが自分に嘘をついたことなど一度もない。
きっと何かあったのだ・・・帰れなくなるような何かが。
ルークが出かけてから三日後。アルフェリアは宿を飛び出した。
ルークを探しに行くために。
ルークが向かったという賞金首の居場所は案外簡単にわかった。
この辺りでは有名な盗賊団らしい。
「盗賊団!?」
街の人に話を聞いていたアルフェリアは思わず聞き返した。
いくらなんでも一人で大勢に挑むなんて無茶が過ぎやしないだろうか。
アルフェリアは急いで、その盗賊団がよく集まっていると言う洞窟に向かった。
洞窟の前には見張りが数人。
魔法を使えば簡単に蹴散らせるだろうが、それを使う気にはなれなかった。
自分はナイトになると決めたのだ。ちゃんと剣の修行を続けてきたし、上達もしている。
きっとなんとかなる、大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせ、アルフェリアは彼らの前に飛び出した。
奇襲のおかげか二人まではすぐに倒せた。
中に報告されていないだけマシだがそれでもまだ三人が目の前に残っていた。
二人がこちらに向かってくる。一人は、洞窟の中に入っていった。
まずい!!
そう思ったが目の前の二人に阻まれてそれを止めることは出来なかった。
その二人との決着もついていないというのに中からさらに数人の盗賊が現れた。
十人近くに増えた盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
・・・・・・・怖い・・・・・・・
それが、その時アルフェリアが感じたことだった。
命の危険なんていつものことだったではないか、そう思ったが一度芽生えてしまった恐怖心はなかなか取り払うことができなかった。
そしてそれがさらに状況を悪化させる。
恐怖は身体を萎縮させ、動きがどんどん固くなっていく。
盗賊たちの嘲笑の声が聞こえた。
けれどその声はアルフェリアの頭に意味ある言葉としては入ってこなかった。
怖い・・・けど、なんとかしないとルークを助けられない。
ルークがここに来た事は確かなのだ。
アルフェリアの脳裏に一つの単語が浮かんだ。
邪魔だ・・・・・・・・・・・・
ルークを助けるためには、今感じている恐怖と言う感情が邪魔なのだ。
あの感覚を思い出すのはとても簡単なことだった。
瞳を閉じる。ほんの数秒で良い。
アルフェリアの感覚から音が消え、光が消えた。
それは一瞬だった。
瞳を開いた時、すでにアルフェリアは恐怖など感じなくなっていた。
普段の動きが戻っていた。
いや、それだけではない。いくら剣が上達していると言ってもまさか十人相手に無傷でとはいかない。
けれど、今のアルフェリアの中に痛みと言う感覚は在っても痛いという感情は存在しなかった。
そして、剣の技術では、アルフェリアは彼らと同等かそれ以上のものをすでに持っていた。
多少の時間と手傷は負ったが、十数人いた盗賊たちはすべて倒した。
盗賊たちが起きあがってこないであろうことを確認して、アルフェリアは奥へと進む。
奥にも盗賊はいたが、少なくとも一対一かニ対一くらいではアルフェリアの方が圧倒的に強かった。
「ルーク!」
洞窟の一番奥に木で作られた牢があった。そんなに丈夫なものではなさそうだが、武器無しで破るのは少し無理があるだろう。
アルフェリアは、持っていた剣でその牢を破壊した。
「アル!! なんで来たんだ」
「ルークが帰ってこないから」
淡々と事実だけを述べたアルフェリアにルークの表情が青くなる。
「アル・・・どうしたんだ?」
ルークは青ざめた顔色のまま、真剣な表情で問いかけた。
「どうって・・? どうもしないよ」
「アル・・・・・・・・。アホかっ、おまえは。何やってんだ!!」
ルークは怒鳴ったが、アルフェリアの表情は全く変わらなかった。何の感情も表れない無表情な顔。
「何って・・・・・・・」
そこで、アルフェリアの表情が変わった。呆然と、自分の身体とルークの顔を見る。
「あれ・・・・・・・・・?」
アルフェリアは自分の手を見つめ、そしてもう一度ルークを見つめた。
「今、僕の前にルークがいる・・・・なんで・・・?」
なのに・・・なんで何も感じていないんだろう・・・
アルフェリアの周囲から音が消えた・・・少なくともアルフェリア本人にはそう感じられた。
そして、視界も・・・・・
ルークが行方不明になって、すごく心配して、やっと会えたんだ。
嬉しいはずだ。
なのに、嬉しいと感じない。
・・・何もない・・・・独りきり、暗闇に放り出されてしまったかのようだ。
冷たかった。何が冷たいのかはわからない。けれど、冷たい、と意識のどこかでそう感じていた。
僕はこの感覚を知ってる・・・・もう、ずっと昔・・・・そう、あそこに居た時と同じ・・・・・・・
いやだ・・・・・・やだよ・・・
どうしよう
どうやってったっけ?
どうやって物事を見ていた?
どうやって”何か”を感じていたっけ?
簡単なことだったはずだ、すごく、すごく簡単なことのはず・・・・
「アル!!」
ルークがアルフェリアの肩を掴んで思いきり揺さぶった。
閉ざされていた感覚が戻ってくる。
目の前にルークの姿があった。
「どうしよう・・・」
アルフェリアがルークの姿を見止めた途端、その表情が変わっていく。
アルフェリアは今にも泣きそうな顔で、ルークを見つめた。
ルークの表情に笑顔が戻った。
「・・・ルーク?」
「よし、もう大丈夫だな」
アルフェリアは不思議そうにルークの顔を見た。
「ほら、さっさと逃げるぞ」
「う、うんっ」
途中、倒れた盗賊たちの横をすり抜け、あまり深くも無い洞窟を抜けた。
「まったく、頼むからあんまり無茶するなよ。せっかく・・・・」
その後にルークが何を言いたかったのかはすぐにわかった。
アルフェリアは俯いて、目線だけを向けてルークの次の言葉を待った。
「けどま、助かった。ありがとな」
ルークはそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。
・・・・照れてるんだ。
そんなルークが可笑しくて、アルフェリアは小さく笑いを漏らした。
|