◆◆あいのうた◆◆


 日差しが強い。
 クラリアットでもストレシアに近い町で、一人の有翼人が木陰に座っていた。じっと見つめているのは、正面にある建物のドア。
「……本当に大丈夫かね、あいつ」
灰色の羽根。前線から退いてもう何年も経つのに、相変わらず余計な脂肪の付いていない体。武器こそ持っていないが、見る人が見ればかなりの武人と判る中年男。
 但し、顔さえ見なければ。
 有翼人の首から上にあるのは、怪物を模した真っ赤なマスク。目は金色、付け鼻は不必要に上向きにせり出していて、歪んだ口は横から見た皿のようだ。テーヴァで購入した彼の大事なコレクションの一つである。  それで誰もが目下、彼を避けて通っているのだが…酒の小瓶を手にした仮面男は全く気にしていない。  やがて…数刻の後、ようやく見つめ続けた扉から、長身の有翼人が窮屈そうに体を縮めて姿を現した。
「どうだ、上手くいったか?」
こくりと頷く。
 毎朝丁寧に剃って磨き上げるのを忘れないスキンヘッドに、外の眩しさにますます細められた鋭い紫の目。それに暑苦しそうな黒マントから突き出たやたら大きな黒い翼。頭以外の全身を覆い、傷を隠しているマントは、心なしかいつもよりは膨らんでいない。
「その調子じゃあマントに貯めてたもんも随分な値で売れたみたいじゃないかよ。お前さんの衝動買い癖もようやっと役立ったってことか」
黒羽根は無言で、マントの内側から二つの銀のペンダントを取りだした。赤い魔石は父、オキファの。緑の魔石は母、ティルの。
 灰色羽根が数年遅れで届けた、両親の形見だ。
「ああ…そいつは売らなかったってか。しっかし」
よっこらしょと立ち上がり、青く高い空を見上げる。
「ようやっと縁起でもない二つ名から解放されたってのに、お前さん、その顔は何だその顔は。全然嬉しくなさそうだな。少しは愛想良くなれよ愛想良く、もうじき二十歳になるっていうのに」
黒羽根は眉をひそめ、灰色羽根の左手の小瓶を指差した。
「……ああ。どうせ俺だって酒の一つも入らなきゃ言いたいことも言えんしそれでもマニシャには頭上がんねえし。でも結構幸せだぜ? よーし、これからお前さんに喋り方と笑い方を教えてやるとするか。とりあえず――――」
 ――――急に風が吹き、奇怪な赤い仮面をさらっていった。
「あーっ、俺のコレクション……!」
灰色の羽根が羽ばたき、風と一緒に飛んでいく。その途中で、きっちり別の仮面を装着しながら。
 黒羽根は無表情のまま、その光景を眺めていた。灰色羽根のお節介な知己の背中が、豆粒大に見えるようになるまで。

 999年、蒼月。
 灰色羽根の有翼人の名は、デートキル・グラーデ。元は複数の国家権力に滅ぼされた傭兵一族の末裔にして、その次期当主“だった”男。今は妻の名を付けた船で、ラージバル大陸のあちこちで活躍している船医である。  そして黒羽根の有翼人の名は、アイム・ミラーフェルト。つい先刻までは専ら殺し屋・『漆黒の悪魔』の方だけで呼ばれていて、自身にかけられた賞金の倍額を支払い、その二つ名を返上してきたばかりの…“女性”。
 もそもそもそ、と、黒マントの内側から細長い棒が姿を現す。
 棒、いや、れっきとした「槍」だ。今まで『漆黒の悪魔』の手に握られ、幾多もの血を啜ってきた、人呼んで“魔槍”・ラヴェル。
 もっとも本人…いや本一振り(?)は「あたしは魔槍じゃなくて魔法生命なんだからっ」とことあるごとに主張しているが、魔法を使い、喋り、黒月以外は“自力”でぴょんぴょん飛び跳ねているところは、どう考えても魔槍…どころか妖槍の域に達している。しかし元はアイムの父が幼い頃に買い与えた、ただの槍なのだ。
「あー、やっとマントの中がすいてせいせいした。例によって甘いものは一つも売らなかったのはあんたらしいけど。でもまた何か溜め込むつもりなんでしょ?」
甲高い少女の声に、通行人がぎょっとした顔で通り過ぎる。
 普通は槍が喋る方が非常識だろうが、男性にしか見えないアイムが“女声”で喋る(よいうように傍からは見える)方が、一般人的には衝撃だったのかもしれない。
 ぴょい、と木の枝に乗り、ラヴェルはバランスを取る。刃と安物の宝玉を両端に付けた、中心のないやじろべえの如く。
「けどデートキルも判ってないよね相変わらず。あたしとアイムだけだったら、アイムもうるさいくらいに喋りまくるの知らないの」
「てめーもじゅーぶんうるせーだろーが! つかあのおっさんが言いたいのは多分そーゆーことじゃねーと思うがな」
アイムは頭を掻いた。
「…要はだ、てめー相手かどーかじゃなくて、このアイムさんがいつまでもろくすっぽ喋れねーよーじゃこの先苦労するんじゃねーかっつーこと」
「……“このアイムさん”?」
槍が首を傾げるように、刃の方に傾いて、揺れた。
「…………悪いかよ。このアイムさんがこのアイムさんのこと“このアイムさん”って呼んで」
「普通に私とか言えないの? まあ、晴れて今日から『アイム・ミラーフェルト』を名乗れるようになったんだしね」
 それまで本名はひた隠しにしていた。殺し屋に堕ちた自分に、誇り高い傭兵だった亡き両親の名字を名乗る資格はない。それに…裏社会を本名で渡っていこうとする輩は、彼女に言わせれば大馬鹿者だ。
「じゃあ“あたし”は? 小さい頃はそう呼んでたんでしょ、自分のこと」
何でそれを知ってる、と言う代わりに、アイムの顔は判りやすく紅潮していった。

 一人と一振りがなおも言い争っていると、デートキルが上機嫌で戻ってきた。顔には結局無くしたらしきマスクの色違い。そして手には……馬の顔。
 しかも青。
「売り出し中のものなんだってよ。店には品薄でこれしかなかったけどな、今のとこ十二色あるっていうんで注文しといたが、三十六色まで増やす計画があるらしい」
よりによって馬面マスクを。
「けどなあ、一番オーソドックスな茶色だけは生産が追いつかないらしくてな。色合いが絶妙らしい。見せて貰った絵の限りじゃ何とも深みがあるというか質感がいいというか」
はいはいはい、とは言わずに黙って灰色羽根の付け根を押していくアイム。
「おー判ってるじゃないかお前さんも。じゃあ早速祝杯だ、ヒヤッホー!!」

 二人が酒場に入っていくと、客が一斉に振り向いた。
 逃げ出そうとする者もいる。何しろ入ってきたのは『漆黒の悪魔』。ラージバル全土で有名な冷酷非情の殺し屋で、しかも賞金ランキングの一桁台常連。
 何しろ依頼主や、暗殺現場をすれ違っただけの一般人まで殺すと言われる“男”だ。もっとも、数時間前までの話だが。
「あー店主、こいつはもう誰の命も狙わないから。殺し屋卒業記念に、盛大に呑ませてやってくれよ」
呑みたいのは自分だろう、つかまだ呑み足りないのかよとアイムは端正な顔をしかめる。 哀しいかな、殺し屋必須技能には「うわばみ」というものが存在したりするのだ。幾ら強い酒を呑まされても依頼をこなせるために。かなりの種類の薬や毒にも、彼女は自分で耐性を付けた。
 二人の前に同じグラスが置かれる。だがアイムにとっては酒は水同然だし、店に入る前から酔っているデートキルは……残念ながら只今の顔色が判らないので何とも言えない。とりあえずはグラス同士を軽くぶつけてみるが。
 ちりん、と。
「なるほどなあ…アイムお前、そのマント脱ぐとか出来ないのか」
「……これ……しか……」
「ああこれしか服がなくてしかも母親の形見だから? そういや前にも聞いたな。だがよお前さん、『漆黒の悪魔』を返上しても、悪魔ルックのままだったら誰も殺し屋やめたなんて信じてくれないぜ?」
長い沈黙。
 無言の内に、デートキルの杯が三つ空になる。
「あのね…デートキルさん?」
二人の沈黙を破ったのはラヴェル。
「要するにアイムは、この姿で人を殺したから、この姿で償いたいんだって。他の誰かみたいになっちゃ駄目なんだって。そうじゃないと『漆黒の悪魔』の罪滅ぼしにはならないでしょ? けど本当に償う気があるかは知らないけどね」
声はすれども姿はマントの中のラヴェル。客が気にしてないのが幸いだ。
「まあ、しばらくは逃げるんだろうけど。このハゲは。過去から逃げて逃げて…どうやって逃げるのやめるかが楽しみだけど」
うるさい、と言いたげにアイムの拳がラヴェルを殴る。刃ではなく、柄を。
「まあ、そのマントは確かに便利そうだがなあ……」
内側に無数のポケットが付いていて、ナイフや吹き矢のような武器や売らなかったレアアイテム、果ては猫用の干し魚まで、既に倉庫状態。しかもラヴェルがすっぽり収まる細長いポケットまであるという。聞いた話ではデッキブラシまで入っているらしい。一体、何のために。
 大体、アイムにはこの姿をしていなければならない理由がある。
 榧(かや)、だ。
 昨年の黒月に、同じ暗殺対象の少女を巡ってアイムと勝負し…負けたことよりも、見事に相手の手のひらで踊らされたことが虚しくて。体に傷はそれほど付かなかったが、精神的ダメージは計り知れなかった。
 これ以上殺しを続けるわけにはいかない。しかし、いずれ榧とだけは、決着をつけなければならない。
 そのためには、判りやすく同じ姿の前でいるしか……ないのだ。殺し屋であり、人ならぬ銃使いである相手が今、どこで誰を相手に不適に微笑んでいようとも。
「まあお前さんもこれからまっとうに生きていくには、それなりの準備は必要だろ? たまには荷物として持ち歩いてみるとか、色々」
 この仮面の男がアイムにやたらお節介を焼くのは理由がある。戦友で又従兄弟の忘れ形見に会いに行ったら、そいつは十代前半にして、既にコロシアムで「悪魔」と呼ばれる存在になっていた。それを不憫に想い、強引に彼女の身元引受人になったのである。
 結果的に、それで実際何かをしたわけではないが……デートキルには、ある魂胆があった。
 自分はもう五十近い。愛妻はエルフだからまだまだ生きる。子どもだってハーフエルフだ。ならば遺すことになる妻子のためにも、何とかアイムを更生させて自分の跡を継いでもらえないか、と。それでアイムにも度々医療技術を指南してきたのだが、計画がばれてからはすっかり冷たくあしらわれている。
 といっても無口同士(片方は酒が入らなければ)の二人のこと、表立って言い争うことは滅多にないのだが。

 デートキルが泥酔の域にさしかかり、アイムが帰りの心配をし始めた頃。店の雰囲気が多少おかしくなりはじめていた。
 原因は先程十数人で乗り込んできた盗賊風の男達。客が『漆黒の悪魔』を忘れかけた頃、新たな驚異が現れたというわけだ。
「酒を用意しろ! 酒! 俺達全員がたっぷり酔えるだけのな!」
慌てたのは店主だ。酒はもう樽の底の数滴しか店に残っていない。何故なら……うわばみアイムが全部呑んでしまったから。そうでなければ彼女がこんなに早く“帰りの心配”など、するはずがない。
「あの…申し訳ございませんが、うちの店ではもう……」
「酒ならここにたっぷりあるだろうが!」
髪の毛を部分的に刈り上げた痩せ男が、テーブルのグラスを蹴飛ばした。割れたガラスが刺さったのか、客の一人は額から血を流している。
「……客に怪我をさせるとは感心しないな」
潰れていたはずのデートキルが上体を起こす。
「心配するな、その程度の傷なら放っておいてもすぐ塞がる。でも跡が残らないようにするには……是非とも、加害者に治療の手伝いくらいはして欲しいものだな。お前達の職業は何だ?」
さすがは医者、というより年の功だな、とアイムはこっそり呟いた。
 一番大柄な髭男ががなった。
「俺様達は、吟遊詩人の軍団よ!」
ぎんゆうしじんのぐんだん?
 むくつけき男達の罵声に、誰もが背中を震わせた。その言葉が偽りでなければ、恐らく罵声の大合唱の音圧であらゆる敵をなぎ倒すタイプだろう。
 嫌すぎる。
 デートキルに目を付けられた痩せ男が、本当に治療に協力しようと足を踏み出すと、リーダーらしき髭男が制止した。その視線は店の奥にいた、十歳そこそこの少女に向けられている。
「お前がこの店の客寄せか? だったら歌で俺達と勝負してみろ!」
ひ、と少女が怯えた声をあげる。いきなり八つ当たりの方向が自分に向いたからだ。本当は大酒飲みの有翼人のせいなのに。
 そして、バードの少女は激しく咳き込む。
「す……すみません、風邪のせいで、喉が……」
自己管理の出来ない歌い手のようだ。

 「これ以上…その子に……」
いつの間に、少女と髭男達の間に、アイムが割り込んでいた。
「誰かと思えば……手配書の有名人じゃねーか」
 殺すのか? と怯える客達。逃げようとする店主の肩を掴み、「まあまあそれなりに面白くなるから」と宥めるデートキル。
「魔槍使いの『漆黒の悪魔』が、人助けか?」
「その名はもう捨てたの! 今はアイム。残念ながら、今のこいつには賞金だってびた一ラージもかかってないわよ! 手配書が古すぎたんじゃな〜い? ついでにあたしは魔槍じゃないったら!!」
ラヴェルが縦に跳ねて訴えるが、誰も聞いちゃいない。
 元々、アイムは子ども好きなのだ。ついでに年寄りもだが。殺し屋をやっていても、子どもや年寄りを狙う依頼は比較的受けなかったし、気まぐれに他の同業者から助けることさえあった。
 アイムの表情は怒りに燃えている。殆ど感情を喪失していた『漆黒の悪魔』のようではなく。
「ほーお。だったら魔槍なんて使わずに、お前がそいつの代わりに歌だけで俺達に勝ってみろよ、この冷酷非情の殺し屋が!」
髭男が横柄そうに顎を撫でた。部下らしき連中も一斉に同じ動きをする。決めポーズなのだろうか。
「……歌えば………………だな?」
連中を睨み付けながら、アイムは何事かをデートキルに囁いた。仮面をしているので答えが是か否かは判らなかったが。

 そして。

 左足を半歩前に出し、右足の土踏まずを左足の踵につける。胸を張り、横隔膜を引き揚げ、左手で触れた腹に軽く力を入れる。同時に、両足の踵をほんの少し上げる。視線は斜め上の天井に。髪の毛がまだあった頃に、それを上にひっぱったときの感覚を思い出す。両肩と喉からふっと力を抜く。
 静かに目を閉じる。
 口から流れてきたのは……凛として、澄んだソプラノだった。


 だれのためのなみだか
 とえどすべてむなしく
 きみのためのなみだか
 いのるひとはいずこへ

 おのがからにとじこもるは
 われとてまたおなじく
 とわにけしてふれあわずに
 ただこくうのみさまよう

 どこにもいかないでいてよ
 おもにをせおえなくとも
 いのちささげてもいい
 きみがわらえるのなら
 こころから
 ほほえんで

 うたをわすれたきみをうたう
 あいをわすれたきみをうたう
 もういちどきみにあおう
 いつかこのうたとともに

 いつかこのうたとともに


 翌朝。アイムは宿屋の、デートキルのベッドの傍らで目を覚ました。
 複雑な心境だった。自称・吟遊詩人軍団はアイムの歌を聞いただけで、とてもじゃないけど敵わないと逃げ出したのに、店主や客達の視線は厳しかった。
 災いを持ち込んだのは、『漆黒の悪魔』たるアイムだったのだから。結局の処は。この二つ名と過去は一生自分について回る。
 仇だって既に大量に作っている。いつ寝首をかかれるか判らない。“賞金の倍額の金”なんかで済む問題じゃない。
「う……」
二日酔いのデートキルは、目覚めても体も頭もろくに動かせない。アイムはにたあ、と笑った。
「おっさん、このアイムさんはちゃーんと歌ったかんな。だからこっちの約束も」
と言うなり、起き上がれないデートキルの仮面を剥ごうとする。
「ま…待…て……」
「どーせマニシャさんにはいっつもたーっぷり見せてるんだろー?」
「や…め…」
昨晩とは別の、薄い生地の黄色いマスクはアイムの手の内に。
「ぶ」
そして爆発した笑い。
「ぶはははははは、おっさん、それって……ぶぁっははははははははははは!!!!!」
 爆笑を遮るように、ドアが強くノックされた。
「アイムさん、会いたいって人が来てるよ。友達かい」
「さあ?」
マントの埃を払って出ていくと、宿屋の入り口にあの、バードの少女が立っていた。
「昨日は…その……ありがとうございます」
「何が? 何で? このアイムさんが何かしたか?」
「あの……私、ずっと聞かされてたんです。『漆黒の悪魔』は怖い人だって。見られただけで皆殺されてしまうって。でも……本当はいい人なんだって、判ったけど、でも……言えなかった……ごめんなさい……」
「いや、あながちその推測外れてねーけど?」
余計なことを、とラヴェルがない舌で舌打ちする。
「それよりあの、どうしても聞きたいことがあったんです。どうして今は低い声なのに、あのときはあんな高い…綺麗な声で歌えたんですか?」
「んー、そりゃあまあ…喋るのは喉だが……」
 囁きかけたそのとき、どどどどどどと階段を転げ落ちる音がした。二日酔い・仮面なし・デートキルが匍匐前進で追ってきたのだ。
「アイム………に、荷物……」
あら、と少女が指を口に当てる。
「お友達? それとも、弟さん?」
「いーや、昨日のお面の連れ」
「嘘ぉ?!」
 マスクのないデートキル…の素顔は何と…恐ろしいほどの童顔だった。
 下手…しなくても二十歳のアイムよりも若く見える。本当は孫が居てもおかしくない年齢なのに。
「あ、そういや」
声を上げたのはマントから飛び出したラヴェル。
「アイム、今朝からずっと普通に喋れてるじゃない。あたし相手じゃないのに」
「…あ…」
「そう…言えば」
前者がアイム。後者がデートキル。もっと早く気付きなさいよっ! と胸(ないけど)の中で毒付いたラヴェル。……誰も馬鹿になんかしていないのに、アイムの褐色の顔は赤っぽくなったり青っぽくなったり。
「ちっきしょーっ! もう二度と、歌なんか歌わないからなデートキル! 絶対に絶対に絶対にだ! このアイムさんが、このアイムさんが……」
 別にデートキルにつっかかる理由はない。…それどころか逆の方が自然だろうに、アイムは宿屋の中で暴走を始めていた。勿論結界を作るような暴走ではなく、宿屋の主人の家具を壊さないよう配慮しつつデートキルを追うという、大人げないんだか大人なんだか判らない…暴走。
「如何せんまーだまだ、素直じゃないんだよねー……まあ、いつか好きな男でも出来たら、反動でもんの凄く素直になっちゃうかもだけど」
ない口でため息をついて、ラヴェルが少女を見れば、彼女は満面の笑みを浮かべていた。「そうですか、『喋るのは喉だが、歌うときに使うのは腹だ』……私はずっと、喉だけで歌ってきました。でもあの人みたいに、体全体を楽器にして歌うことの方が、大切なんですね……ところであの歌、あの人が作ったんですか?」
「んー? 確か昔旅の吟遊詩人から聞いたって、一度だけ歌ってくれたことあるけど」
 素顔を晒されたデートキルと、感情と言葉を取り戻したアイム。
 灰色羽根と黒羽根の追いかけっこは、立場を度々逆にしては、ずっと、平和に、続けられていた。

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アイムの意外な特技とデートキルの意外すぎる素顔。
久々の外伝は、旅立ち半年ちょっと前のアイム更生の一コマでした。