あ な た が ア リ ス だ っ た 頃 



 少ししか、変化していないように見えた。
 なんて錯覚。
 本当は凄く驚いてる。

 それでも、謝らないよ。

 何も、間違えてない。



「…ロスト兄様。……ねえ、喜んで?」

 大好きな笑顔。
 見せて。

「………………それで、なんて」

 やっと零れた兄の声は、珍しく震えていた。
 隣で、幼馴染みのサラが何も言えずにいる。
 うん、でも謝らないんだ。

「“貴方を愛してるの”…………馬鹿な男だけど、あたしにとってはそれでも、

 可愛い人なんだ。

 …愛してる。受け入れてくれた。それだけでいいのよ」

「ユーディン! あいつは…!」
「有り難うサラ。……でもね、…もう」
 誰より先に、自分が泣きそうになっていた。
 先に、兄を泣かせるつもりだったのに。
 喜んで欲しかった。
「…あたし……あの人しか愛せないんだよ……」
 とても。
 とても残酷な王様。
 それでもあたしの愛しい人。
 馬鹿みたいね。
 初めての恋で、人間の貴方を愛した。
 それでもねえ。

「………幸せなら、………いいから」

 抱き締めてくれた兄の。
 腕は暖かかった。
 戯れに抱き締めてくれた。
 貴方の腕の方が愛しかった。
 あたしの残酷な王様。

 愛してるの。


 カラベラク。





 初めて会った日は、貴方がまだ無邪気だった頃。
 ビショップである兄、ロストと一緒に、中庭で笑う姿をよく見ていた。
 兄が沢山の王を見て、そしてその死を見送った事は知っている。
 中でも、兄は彼を特別大切にしていたように見えた。
「何の御本をご覧になってらっしゃるの?」
 木陰で本を読んでいる二人を覗き込む。
 兄の膝の上で、まだ王子だった貴方はへへっと笑った。
「内緒なのだ。な、ロスト?」
「そうですね。カラベラクとの秘密です」
 この頃、この人は。
 兄にだけは、“王子”や“殿下”と呼ばれる事を嫌がった。
 両親より、産まれた時から傍らにいた兄、ロストが何より大切だった、遠い日の貴方。
「じゃあ殿下。あたしも秘密を言いますから話して下さい。
 等価交換です」
 草の上に座り込んで、微笑む。
 兄が貴方を愛しく思えば思うほど、別れはとても辛い事だと。
 知っていたけど。
 そんな素振りは絶対に見せなかった。
 誰より痛いのは、見送らなければならない兄だった。
 だから、何も言わないで、その世界が永遠であるように、自分も笑うけど。
 何時だって胸は痛んだ。兄の苦しみを思っては痛んだ。
 それ以上に、貴方が年を重ねる度、兄の心が軋む事が。
 でも、何でもない事のように笑う。
「……どのような秘密だ?」
「とてつもない秘密です。ロスト猊下にとってもふっ…………かい秘密なのです」
「なんだそれは! ロスト本当か!? 俺の知らない事か?」
「……あー……」
「殿下はご存じない事です。あたしが言わなければ殿下はずーっと知りません」
「狡いぞ! 教えろ」
「では殿下は猊下と何をお話で?」
「………やるな。お前」
「誉め言葉と受け取ります」
 あの頃、まだたったの10歳だった貴方。
 無邪気に無防備に、顔を膨らませて。
 ロストの事で知らない事は自分にはないと言い切って。
 時には眠れない夜。東の塔まで一人で言って、兄を驚かせた。

『一緒に寝ろ』

 強気に言いながら、その小さい体が震えているから。
 兄もなだめるように抱き締めて、朝が来るまでその手を握って眠った。
 きっと、貴方と兄の関係は王子とビショップでは表せない。
 兄弟であり、親友であり、親子だった。
「…いいだろう。話す。しかし絶対話すんだな? 女」
「あら殿下、あたしの名をご存じでないとは教育もまだ亀の歩みですか?」
「! ロストを馬鹿にするのか!?」
「いえカラベラク。彼女は私を馬鹿にしているのではなくて、“そんなに自分は有害か”と文句を言いたいだけなんだ」
「……? わけがわからんぞ?」
「あたしはよく同僚をノイローゼに追い込むのが得意で、精神的クラッシャーとある男から言われているのです」
「………ノイローゼ? それで有害なのか?」
「だと思われます。が、ロスト猊下。いくらなんでも殿下にまで精神攻撃はしませんが?」
「念には念を。でもなんだかカラベラクが気になって仕方ないようだからもう潮時か」
「そうそう。話してしまった方が楽ですわ被告人。
 殿下は口外しないでしょうし、そもそもこれってあの男以外知らない話です」
「誰が被告人なんですユーディン?」
「貴方の他に誰かいらっしゃいまして?」
「…………っこら! 俺には何がなんだかわからん!
 説明しろえっと………ユー………………デ?」
「この国の政務官、ユーディンです殿下」
「……………長い」
「一言で切り捨てないで下さい殿下。
 だったら陛下直属ロードソーサレスのアレはどーなんですか?
 あたしの名前より百倍はややこしいです」
「レイスレイスクライスカーセスの事かそれは」
「……殿下。たかが五文字のあたしの名前は駄目で、下手したら舌噛みそうなあの男の方の名前は言えるんですか?」
「母上の直属の名前を言えぬと恥を掻く」
「あたしはどーでもよろしいんですか?」
「最近入っただろう新人の重臣に興味はない」
「あたしは二百年強は政務官やってます殿下」
「こら、こらユーディン。
 大人げなく口論を始めない。
 カラベラクも、彼女の言う事は確かに間違ってませんがあんまり真に受けると痛い目を見る事になる」
「ではこの女はアスリースの女狐なのだなロスト?」
「…………………やや違うが間違っているとも言えない」
「……ロスト猊下。あたしいー加減キレますが?」
「ユーディン。押さえなさい貴方は」
「だってあの半妖男の名前は言えてあたしの名前が言えないってそれはちょっとあんまりだわ!」
「口調が崩れてるユーディン。
 それからレイスレイスクライスカーセスを勝手に妖怪扱いしない。
 彼は特異体質で寿命が長いだけで妖怪ではないんですから」
「エルフでもない」
「エルフだけが長命種族ではないでしょう……」
「…で、なんなのだこの……いいや。ユーデで」
「いやです殿下! そんな湯でダコみたいな愛称は!」
「…………我が侭な。ユ……ユーディン。
 これでいいだろう。さあ話せ」
「いいでしょう。
 その代わり殿下もお話下さいね?」
「男に二言はないぞ」
「いい心構えです。
 ではあたしの本名を教えて差し上げましょう」
 日差しの下。
 草の上で、髪を風になでられながら。
 その時確かにあたし達は幸せだった。
 想い出になんか出来ない。
 幸せな日々。
 昔の事だと、それで片づけないで。
「あたしはユーディン。
 他の王宮の者は知らぬ事ですが、あたしのフルネームはユーディン=グロリオと言います」
「………ほう。ユーディン=グロリオ…………グロリオ!?」
「はい。
 すなわち殿下の後ろにいるロスト=グロリオ猊下の妹なのです」
「似てない兄弟は本当にいるのだな!」
「即答で真顔でそれを言える辺りが将来有望ですね殿下?」
「こめかみ引きつらせながら感心した振りをしないようにユーディン。
 そういう事なんだ。カラベラク。最もエルフの兄弟だから年の差はかなり離れているけれど」
「……むう。幾つだ?」
「100歳は年下」
「…………………………………苦労するなロスト。
 こんな若作りな妹を持って。
 アイラ母上もこのような重臣がいては苦労な事だろう」
「ああ! いきなり不穏分子扱いですか殿下!
 そっちの秘密はなんですか! 吐いて下さいでないと毎晩怪談をしに殿下の部屋行きますよ!」
「そういう辺りが精神クラッシャーと呼ばれる所以だと何故自覚しないんですかユーディン……」
「…ふん。怪談だと。鼻で笑ってやるぞ。
 怖い話なら昔からロストに仕込まれて来たのだ」
「カラベラク…。ユーディンの怪談の怖さの比は私の比じゃないんだ」
「何だと!?」
「貴方の母上……アイラ女王陛下が幼き頃、散々あの御方を怖がらせて一時暗闇恐怖症にまで至らせたのはこのユーディンです」
 アイラ女王陛下の女友達でしたからねユーディンは。
「…し、信じられぬ。あの逞しい母上までもを……は、それで母上は寝る時も明かりを消さぬのか!?」
「あら、あたしの怪談の後遺症がまだ残ってらっしゃるんですねぇアイラ陛下は」
 笑顔でのこの台詞に、本能で逆らってはいけないと悟ったらしいカラベラクが、しばらくあたしを“妖怪”扱いしていたのは当時の王宮では案外有名な話だ。
 ちなみに、ロストと貴方。カラベラクの秘密の話とは、ある歌の事だと後に知った。
“きみのたたかいのうた”という。
 物語にすら語りつがれぬその歌は、かつてのロードソーサレス。
 アスリース初代ビショップの直属ロードソーサレスが、そのビショップと共に作った歌だそうだ。
 カラベラクは母、すなわちアイラ女王陛下から。
 アイラ女王陛下はそのロードソーサレス、レイスレイスクライスカーセスから聴いたらしい。
 あたしがそれを知ったのは、まだカラベラクがただの少年だった頃。
 ただ、ロストの可愛い弟だった頃の。


「うっわ」
 廊下。
「いきなり顔をつきあわせての開口一番が“うっわ”とは大変いい度胸ですね貴様」
「丁寧語の下で、笑顔付きで“貴様”言うんじゃないわよこの年齢詐称ロードソーサレス」
「貴様よりは年下ですよユーディン政務官」
「うっわ嫌味ったらしく政務官とか呼ばないでよ鳥肌立つわねレイスレイスクライスカーセス!」
 頬の輪郭に沿って切りそろえられた黒髪。
 縁のない眼鏡。大人しそうで、従順そうな雰囲気の18歳くらいの少年ロードソーサレス。
 レイスレイスクライスカーセス=ディール=ウォルフガングス。
 何故か額に何時も、紋様の刺繍された黒い布を巻き付けている男だ。
 第三の目、とかが実はあるんだ絶対とか疑っているのは実はあたしだけではない。
 年齢詐称も若作りもいいところなのだこの男。
 何せロードソーサレス以前はあの。
 あの彼の有名な英雄王。
 エリヌース女王陛下の夫だった男だ。
 幾つだお前は。
「ならそちらも嫌味のように人の名前を早口言葉の練習に使うの止めてくれません?」
「あんた地獄耳?」
「貴様の声がでかいだけですユーディン政務官。
 ま、嫌いじゃないですけど」
「はあ!? ちょ、マジ鳥肌ちょっと見てよ!?」
「失礼な」
 立ち止まって、あたしを振り返って、馬鹿みたいに情けない顔で言う。
「馬鹿で勝ち気なとこが、何時だってエリヌースを思い出させるから嫌なんです」
 その一言。
 水溜まりの上の波紋みたい。
 落として。
 去っていく後ろ姿。
 年下だと彼は言うが、実際あたしより、幼馴染みのサラより年上なのは事実だ。
 だってあたしも兄もサラも知らないエリヌース女王の夫だった奴なんだから。
 肝心なことは絶対言わない。
 大嫌いだけど、カラベラクが居なかったら。
 多分あたしはこの男にいつか惚れてた。
 残酷なあたしの王様。貴方よりも残酷な、この男に。





 そして、ねじ曲がった歯車が、軋んだ音を立て。
 回り出す。



 カラベラクは若くして王座につく事になった。
 その日、これが最後だからと、同じ部屋で。
 兄とあたしと貴方。
 本物の兄弟のように、眠った。

「ロスト。お前はずっと、俺の味方だよな」
 変声期の過ぎた男の声で、それでも。
 王になるその前の晩。
 兄にそう問うた貴方は、まだ幼い。
 あの頃の子供のようだった。
 物語の、何も知らないアリスのよう。
 無邪気な、そんな貴方があたしは好きだった。
 それは兄と同じ、弟に対するような愛情。
「…いつまでも、味方で居るよ。約束だ。
 いつまでも…カラベラク」
「……絶対だぞ」
 もう結婚相手すら決まっていた。
 貴方の不安なら、いくらでも投げ捨ててあげる。
「……お前も、ずっと俺についてくるな?
 ユーディン」
「………ええ。カラベラク殿下」
 こう、呼べるのもこの夜が最後。
 兄が貴方を、ただの“カラベラク”と呼べるのも、今夜が最後。




 翌日、貴方は王になった。
 魔法の国、このアスリースの。
「…陛下。随分と遅いお出ましで?」
「笑顔で注意をするなら名前で呼べロスト」
「駄目です。国王陛下を呼び捨てには出来ません」
「分からず屋」
「あら陛下。陛下の方がむしろ分からず屋と言うのですよ?
 王になったばかりで起きるのがギリギリとは。
 直属のレイスレイスクライスカーセスに嫌味を言われたでしょう」
「…見てきたように言うなユーディン」
「あら当たり。
 ご安心を陛下。
 レイスレイスクライスカーセスなら今年でロードソーサレスを辞めるそうです。
 最もその後は重臣の一人になりますから、まあ嫌味を言われる回数が減るくらいですが」
「…気休めのつもりかユーディン」
「気休めという言葉自体その女には存在しないと思われますよ。
 随分な重役出勤で、陛下」
「…出た妖怪」
「出たとは失礼な。直属の僕が陛下をお待ちしている事くらい予想済みでしょうに」
「……遅刻はしてないぞ」
「ええ。遅刻はしてませんね?
 ただ“会議の時刻を遅らせた”だけですから。
 気にしないでいいですよ陛下?」
 笑顔でこの嫌味。
「…レイスレイスクライスカーセス……。
 陛下……彼はいつもこうですし、実際会議は遅れてませんから気にしないで下さいね?
 会議がもう始まる時刻なら重臣の一人のユーディンがこんなにのんびりしているわけないんですから」
「…判っているロスト。
 母上はこの陰険眼鏡と長年付き合ってきたのだ。
 俺に出来ないわけがない」
「ではその“陰険眼鏡”の言葉が嫌になって食事も半ばに部屋を出て行かれたのは何方でしたっけ陛下?」
 すこーん、といい音がした。
 ユーディンがレイスレイスクライスカーセスの頭を持っていた分厚い本で叩いたのだ。
「…あんたは公共の場をわきまえるという事を知らないの?
 この“陰険眼鏡”。それ以上口上が続くようなら投げ飛ばすわよ」
「貴様こそこんな公共の場でロードソーサレスに暴力なんか使っていいと思ってるんですか? この怪力エルフ」
「…言ったわね今日こそはその布の下の第三の目を拝ませてもらうわよ!」
「誰が第三の目だなんて言いましたそんなものあるわけないでしょう」
「…さ、陛下。
 ユーディンが彼を止めている内に行きましょう」
「……ロスト。レイスレイスクライスカーセスの額に第三の目があるという噂は本当だったのだな…」
「……カラベラク。信じないようにそういう事は」
 火花を笑顔で散らしているユーディン達から離れながらつい普段の癖で言ったロストに、してやったという顔でカラベラクは子供のように笑う。
「やっと俺の名を普通に呼んだな?」
「…いつのまにそんな方法を覚えたんですか陛下は…」
「ユーディンとサラが教えてくれたぞ」
「…あの二人は……」
「まだ手立てはいくらでもあるから覚悟しろロスト」
「………陛下。そんな事に必死にならないで下さい…」
 遠ざかっていく二人の背中。
 背丈はもう、貴方の方が兄より高い。
 それを見送って、あたしとレイスレイスクライスカーセスは顔を見合わせて笑う。
「案外上手くいきましたね…ロスト猊下も手玉に取れるものですねぇ」
「陛下が絡むと案外チョロいのよ。
 いやー今回は助かったわ。あんたにお願いするのは嫌だけど。
 …陛下たってのお願いですから」
「次もあったらノりますよ?」
「お前も悪いわねえ…あんたの要求する報酬次第かしら」
「報酬なんて。ロスト猊下手玉に取っただけで充分お釣りが来ます」
「あらー、案外あんたってロスト兄様の事駄目だったんだ」
「駄目なんじゃなくて、嫌味とかが一切通用しないんでつまらなかっただけです。
 なので今回のような“お願い”でしたら喜んでやりますよ」
「あはは。あたしあんたの事ちょっと好き。そういう相手を罠に掛けるのに力惜しまない辺り。
 どう? ロードソーサレス辞めたら空きの重臣席に座るんでしょ?
 一緒に嫌な重臣追い出すのに手ぇ組まない?」
「相手によりけりです。
 さて、もう良い頃合いなので行きましょうか。
 あんまり話していると僕達が遅刻します」
「…そうね」
 そんな事があって、あたしがレイスレイスクライスカーセスと手を組んだりしてたのは兄には秘密である。
 だがそんな、彼言うところの“手玉取り”は、たったの三回で終わってしまった。





「ユーディン」
 真夜中の廊下。
 聞き慣れた声に振り返って、あたしは悪戯をするように貴方に微笑んだ。
「どうされました? こんな夜中に。
 穏やかではないですね陛下?」
「こんな時くらい名で呼べ。
 ちょっと付き合ってくれないか?」
「…付き合う?」
「明日、結婚相手が来る。
 踊りで相手の足を踏んでしまったら恥だ。
 頼める女はお前しかいないし」
「それは嬉しいお願いですわ。
 一応あたしの事女として認識して下さってたんですね」
「ロストが別格なように、ロストの妹のお前も別格だ。
 で?」
「勿論。イエスですわ」


 それはまだ、貴方が心を閉ざす前。
 誰もいない広間で、明かりも点けずに一夜限りのワルツを踊った。
「お前、見掛け通り軽いな。
 その外見でよくあんな力が出るものだ」
「同じ事をロスト兄様に要求しないで下さいね?」
「判っている。ロストは普通だ」
「……遠回しな嫌味ですか陛下?」
「冗談だ」
 その時の貴方は、まだ無邪気に笑ってくれた。
「お前はエルフだが、こうして月明かりの下で見ると妖精のようだな。
 初めて会った時、日差しの中で見たお前とは随分違うように思う」
「……、あたしは陛下から見て誉めるに値する美女でしょうか?」
 冗談のように、ステップを踏みながら。
 手を重ねながら。
 問いかける。
 貴方が笑う。
「初めて会った時は単純に美人だと思った。
 …今は、綺麗だ。
 ロストも時々そう見える。
 そんな時…」
 ふと、貴方の足が止まる。
「……あいつがいつか俺の前から消えてしまうのではないかと。
 精霊のように……。
 それが怖い。
 綺麗だが、だから…今のお前も怖い。
 俺は国王で、あいつはビショップだ。
 平気で自分を盾に俺を守るだろう。それが嫌だ」
 あたしの、優しい王様。
 初めて会った日の、幼い子供に見えて。
 その身体を抱き締める。
「大丈夫……。何処にも行かないわ……ロストもあたしも……。
 約束したじゃない……ずっと側にいるのよ」
「……ユーディン」
「…はい?」
「…ただのカラベラクとしての頼みだ。
 少し、こうしていてくれ……。母上が亡くなった時も…忙しくて…泣けなかった」
「……今日だけ、あたしはロスト兄様の代わりですね」
「…不服か?」
「…いえ? 貴方はあたしにとっても弟です。
 心細くなった時はいつでもあたしや兄様を頼っていいのです。
 ……ただ、どうか貴方の王妃様とお幸せに…」
「……………有り難う。
 やはりお前はロストの妹だ。
 あいつと同じ…匂いがするな……落ち着く」
 あたしの、幼い王様。
 泣きたいならば、いつだって胸を貸しましょう。
 大切な兄の弟。あたしにとっても弟。
 種族も身分も違うのに。
 本当の肉親のように愛おしい貴方。
 貴方が笑ってくれるなら、心さえ犠牲にしましょう。
 あたしも兄も。
 それで心がすり減っても構わない。
 貴方の笑顔ですぐに癒されるから。
 あたしの可愛い王様。