『へぇ、この子がねぇ・・・おとなしそうなのに』 『人は見かけによらないものですよ、校長』 『父親も母親も健在・・・か』 『一体なにが彼をこんな風にしたんでしょうね』 『違う、俺じゃない! あいつらが子犬をいじめるから・・・だから・・・』 ―――時は流れて・・・ 『銀の瞳 外伝―――アトラス【幼い頃の逸話】』 ・・・アトラス・ダクト 14歳、エルフ(♂) 紅月の41日、アスリース生まれ 赤茶色の髪の毛に、琥珀の瞳 長刀(なぎなた)を主に扱うが、 エルフにしては体力がある・・・ 先ほどからアスリース・アカデミー本部の教師らが頭を悩ませているのはこのことだ。威厳のある大人たちが、自分の履歴書を読みながら討論を続ける・・・ときおり、俺を指差しながら。 まな板の上の鯉ってこんな感じなのかな、なんて考えながら、それをぼんやり聞く。 もう、5年も昔。 父、カザアール・ダクトと母、マリオン・ダクトに大切に育てられた、一家の長男。・・・下に妹が一人いて。 「アンちゃん、ね、ね、この花綺麗でしょ?」 ―――妹は、本当に良くしゃべる子で。 「ほら、あっちにいっぱい咲いてるよ! 行こッ」 「うん!!」 近所の友達・・・ザビールにココレオ、プレッパス、マゴット・・・数えれば切りが無い。遊びもしたし、いたずらもたくさんした。度が過ぎて思いっきりしかられたこともあった。 ―――何時だったろうか。 「クラリアットだけじゃなくて、もっともっと広い世界を見てみたい!」 ただこれだけの理由で、アトラスは家を飛び出した。 ―――でも。・・・愛され、可愛がられてきた、世間知らずの子供が、この世界で楽に生きていかれるわけも無く。だからといって、いまさらすごすごと帰ることもできない。・・・恐ろしく窮屈な、世の中。 ―――自業自得。 ぼそっと、呟いて。あれから5年後の今、俺はこんな所で、まな板の上の鯉になってるんだ・・・そう思うと、笑えた。 ・・・だって、あいつらが悪いから。 ―――悪夢がよみがえるんだ――― 俺が大切に育てた、家族代わりの子犬を、ふざけて殺したから。 大好きだった。あいつも、俺も同じ迷子で。・・・学校から帰ってきて、くたくたの俺を、さらにくたくたにさせて。顔をなめたり、尻尾を振ってエサをほしがったり、小さく吼えて、自分の存在を出張したり。・・・生まれて何ヶ月しかない弱々しい子犬を、俺より8つも年上の、17歳の少年たちが三人がかりで。 『卑怯だろ、離せよ!』 どう俺が叫んでも、もがいても。 『逃げられるものなら逃げてみな! よう、バレッタ、フレイムー、そいつ、早く殺(や)っちまいな!』 『リョーカイ!!』 体を押さえられて、でも視界だけは塞いでくれなくて。 ―――ねぇ、なんで? 池の中に、子犬を沈めようとする様子が、はっきりと見えた。 ―――だから、どうしてなの? 最後に、子犬が抵抗しなくなったのを見て・・・あいつらは、笑った。愉快そうに、さも良いことをしたとばかりに・・・。 ―――キミタチ・・・ナンデ、ワラッテルノ? いつまでも、ずっと、うっすらと涙さえ浮かべ始めて馬鹿にするあいつらに、俺は。 「少し・・・黙ってろ」 永遠の死を、宣告した。 一発で、三人の少年をふっとばすほどの威力で。そして、14歳の少年がそんなに恐ろしい技を使ったことが奇怪で。さぞかしひどいことをして怒らせたのだろう・・・そう思って問い詰めれば、理由は『犬をいじめていた』から。俺はそれ以上言おうとはしなかったし、相手もあきらめた。『モンダイジ』―――という名のレッテルを貼られて。 俺が覚えているのはそこまでしかない。 結果的には、アカデミーには入ることができた。校長曰く、『いかなる生徒も、勉強する意欲さえあれば入らせるべきだ』そうだ。―――かなりの制限を受けてしまったが。 結果的には満足している。友達もたくさんできたし、勉強もそこそこついていけた。そこで長刀(なぎなた)も習った。 ・・・で、今。 「だから、アトラス、ユバキの実は!?」 「し、知らないって(汗)。売ってなかったんだよ・・・」 ルナに問われて冷や汗をかく。・・・まさか辛いのが嫌いだから買わなかった、なんて言えないしなぁ・・・そんなことを考えながら。 ・・・こんな人生も、悪くないかもなッ! ―――なんて、馬鹿やってる俺がいる。 【後書き】 ・・・シリアスだぁ(汗)。おかしいな、私はハッピー・エンドの楽しいお話が好きなはずなのに・・・(汗)。 そんなこんなでアトラス君の過去です。本編(ルナ視点)で、「本人曰く、『魔術は好まない』そうだ」とありましたが、こんな逸話があったのですね(ぉぃ)。本人は自分の過去を今はどう思っているのか・・・そのうち本編でも触れようかな、なんて・・・。 2.10.03 猫牡 |