エンペランザ道中記



あたしはエンペランサ。これから始まる話はあたしがブレスくんの前の主人といた時
の話。どのくらい前のことかしら。あの日々のことは年月がいくらすぎようとあたし
は忘れない。

「ちょっとそこの彼!!」
あたしは木の上から若いかわいい男に声を掛けた。見た目よし!雰囲気よし!なんと
言っても竜人だ。あたしのこだわりは昔から変わらないの。彼はどこからともなく話
かけられ辺りをキョロキョロしている。フフッそんな仕草もまだまだかわいさが残っ
ていた。
「上よ。君の頭の上。」
彼はようやく私を見つけたようだけど、わけが解らなそうにしている。胸当てをし、
その下の着ているものはなんてことない無地のシャツ。鞄は腰巻形でお尻のあたりに
あった。なんてサッパリしている服装。けどそれは彼を引き立たせていた。
「君、いい男ね。どう?あたしの主人にならない?」
口がポカンと開いている彼。そんな間抜けな顔もかわいい。
「え?ぼくが君の主人?僕はまだ結婚する気はないよ。」
……なにを言い出すこの彼は。天然入ってる??
「それに僕が結婚する人は決まってるんだ。」
こんどはあたしの口が開いた。う〜ん多少の天然はしょうがないか。こんな上玉そう
そういないからね。けれどそんな事を言っても彼は幸せそうじゃない。それどころか
絶望を含んだ笑みをした。彼の瞳には若い子独特の無条件の希望の光が無かった。
「あのね。あたしは別に結婚をしてほしいなんて言ってないわよ。あたしは君と契約
をしたいの。主従関係のね。」
「主従関係って…自分から望んでなるものだったなんて知らなかった。」
彼の頭の中でなにがどう理解されているのか解らなかったけど、続けた。つっこんで
もきりがなさそうだったから。
「あたしってー、とっても優秀なドラゴンなの。だから生まれた時から行動の制限が
あるの。だれか主人として契約をして主人を守るという行動の制限を課せることに
よって、自由に身動きがとれるの。ご理解いただけた?」
彼は急に悲しそうな顔をした。????なんでここで悲しい顔するの〜???ちゃん
と話は噛合ってるの???
「じゃあ、君はここでずっと誰かくるの待ってたってこと?一人で?寂しくなかった
?」
あのね〜…。産まれた時からそうなんだから別にそんな風に思ったことなんてなかっ
たわよ。それに誰でもいいって訳じゃないわよ!こだわってこだわって選んでいるん
だからね。
「なんかちゃんと理解してもらえたのか心配ね。」
「解った!僕が君の主人になるよ。そうすれば君は世界中旅できるんでしょ?ずっと
そこを一歩もうごけないんじゃ可哀想だもん。で、君をその木から引っこ抜けばいい
の?ちょっと待って木に登るから。」
やった!捕まえたわ!けどなんかちゃんと理解してもらってないわね。
「待ってよ!!あたしはこの木に根をはってる宿り木かい!?あたしがいるのはこの
先の小さな泉よ。あなたが今見ているあたしは思念みたいなもんよ。」
あたしはこの男と旅をすることになった。
「そういえば君のことなんて呼べばいいの?」
泉までの道は木がうっそう茂り日光も入りにくくなってゆく。木々の遥か彼方で鳥達
がこの世界の歴史を歌い続けている。鳥から鳥へ歴史の歌は続き、木々達は鳥の歌を
聴き、風にのって予言をしきりにしている。木々達には歴史など興味がない。彼等は
生きてきた長い長い年月など無駄なものだと感じているから。
「君が好きなように呼べばいいよ。」
そう言われても困る。
「だって、今まで呼ばれていた名前があるでしょ?」
あたしと彼はあたしがいる泉の前に立った。
「ないよ。僕は異端だからさ。僕だという識別の呼ばれ方はあった。けどあれは名前
だなんて認めたくなかったしね。」
あたしは知っている。ラジアハンドという国はとても閉鎖的で異端を嫌う。神のいる
国だから。けどその閉鎖的で、信仰深い国民性は団結力があり、難航不落の国として
名をはせているのも確かな話。
「わかったわ。じゃあ、考えとく。せっかくだからあたしがいい名前つけてあげ
る。」
名無しの彼に今まで何があったのか、なんとなく悟った。そしてこの森に入ってきた
理由も……。
「じゃあとりあえず仮名として、エリアス・ロザンド。あたしの前の主人の名前だけ
どいい?」
彼は笑った。会心の笑みだった。けどどこか痛々しいその笑み。
「いいよ。エリアスか。いい名前だね。」
あたしは苦笑した。前の主人のことを思い出したからだ。ま、その話はおいおい彼に
話すのも楽しいかもしれない。
「じゃあエリアス。この泉に手を付けてくれる?そうすればあたしはこの泉から晴れ
て自由の身になれる。」
エリアスは身を固めた。最後の迷い。
「いい、エリアス。あたしだけ自由の身になってもしょうがないわ。あなたも自由な
身なの。これからはあたしの背に乗ってどこでも行ける。どこでもよ。この世界には
不思議なことだらけ。歌声に合わせて花を咲かせる花を知ってる?砂漠で一匹遊びが
好きなドラゴンを知ってる?万物を金に変えると言われているある意味妖怪を知って
る?君の仮名に付けたエリアスのこと知りたくない?鳥達は実は歴史を歌い伝えてい
るって知ってた?」
エリアス…泣かないで。君が今までどんな道を歩んでいたのか解ったわ。そしてこの
迷いの森と言われている森で何をしようとしていたか……。二度と出ることが出来な
いと言われている森は希望を失った者たちが最後に行きつく場所。
「世界は楽しいことが沢山ある。本当よ。だからあたしはここから飛び出してまた世
界を歩きたいと思ってる。きっとあたしが知らないことも沢山あるわ。エリアスも一
緒に行こう?」
涙が零れている。あたしはこの新しい主人がいとおしく感じた。
「あっちの世界で待ってる彼女に世界のことを話すのもいいかもね。」
「そうよ、あっちに行けばきっといくらでもしゃべる時間なんてあるわ。話がつきな
いよう沢山沢山世界をみてこよう。ね?」
エリアスは涙を拭き瞳に光がさした。薄暗いこの場所で。そして……
―――――バシャンッ―――――――
泉にエリアスが飛び込んだ。そう。それが彼の答え。
そしてあたしとエリアスの新しい旅の始まり。
封印が解ける。泉には光が溢れあたしとエリアスを泉の外へと運んだ。この光と共に
始まる。
「そういえば僕はまだ君の名前を聞いてなかった。名前は?」
名前なんてとうに忘れたわ。誰もあたしを呼ぶことなんてなかったから。
「忘れたわ。」
「じゃあお互いの名前を歩きながら考えよう。」

鳥達は歴史を歌い伝える。木々たちはしきりに予言をする。あたしたちの歴史も未来
も始まった。鳥達の歌にあたし達の歌が一つ増え。木々達の予言の項目も一つ増えし
きりに予言をし合い始めた。予言が当たるのか、はずれるのか、あたし達にも解らな
かった。けどあたしは鳥達のあたし達の歌がすばらしいものになることを予言した。