●The Passed Days −フェルベルトー●



 「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」
 「く・・・くそっ!悪魔め・・・!」
 「村が・・・!」

 ここはアスリースの森。その北東部にあるエルフ達の集落「だった」場所だ。
 かつて木々に覆われていたそこは金髪の少年を中心に1キロ四方は完全に荒地と化
しており、それぞれ武装した成人のエルフ達数人が満身創痍の状態でかろうじて立っ
ているだけ。畑や、家屋などは少年の放出した魔力の余波により消し飛び跡形も無
い。
 ぼんやりと感情の篭もらない眼で周囲を眺めている血染めの少年の両目は「紫」。

 (なんでこうなったんだろ。何がいけなかったのかな・・・。やっぱり僕の眼が紫
だから?魔力制御の弱まる黒月の夜にこの眼を他人にみられたから・・・?何も・・
・何もしてないのに。人を傷つけたくないのに、傷つけてないのに。どうして・・・
みんな僕を殺そうとするのかな・・・。そんなにこの「紫」が怖いのかな・・・・・
・。でも・・・そんなことよりこいつらを許せないのは・・・!)
 「母さんを・・・傷つけたことだぁっ!!」

 突如その眼を怒りに染め上げ、周囲に膨大な量の魔力を解き放つ!術ですらない純
粋な魔力が少年を中心に辺りに襲い掛かる。咄嗟に防ごうと魔術を唱える物、シール
ドを掲げる物・・・それら全ては徒労に終わることになる。魔力の塊が直撃したもの
は例外なく消し飛ぶ。肉片一つすら残すことなく。
 周囲に自分を脅かす存在が全て消滅したのを確認し、失血による眩暈をこらえなが
らも自分の体を把握しようと努める。石のぶつけられた後頭部は乾いた大量の血でカ
サカサし、ぼろぼろの着衣の隙間から見える肌には至る所に浅い切り傷のような傷が
できており、未だそこから出血が止まらない。

 「治癒魔法、教えてもらってなかったな・・・。」

 ぼんやりと考えながらこの後、生きていたら最初に治癒魔法覚えよう、と自分に誓
う。目立つ傷を服の袖を破いて包帯代わりとし、きつく縛って止血をするが、全ての
傷を覆えるはずも無く適当なところでやめる。

 「母さん・・・探さなきゃ・・・。」

 咄嗟に思い浮かんだ魔術でテレポートさせた自分の母を思い、重い体を引きずりな
がら西へと歩き出す。今までの事を思い出しながら歩くフェルベルト9歳、832年
のある真夏の早朝の出来事だった。

=============================


 「もうすぐつくからね。」
 「ん。」

 アスリース東部の森の中を旅する親子。母親は典型的な旅装で、身長は170cm
程、眼は緑、首の後ろまである髪の色はライトグリーン。少しウェーブのかかったそ
れは風にふかれて靡いていた。子供の方は同じく旅装、身長が135cmくらいの金
色のショートカットの髪のよく似合う健康的な少年だ。こちらも両目は緑である。

 「・・・母さん、ごめん。」
 「どうしたのよ、突然?・・・貴方の眼のことなら貴方が謝る必要なんてないわ。
生まれついての特徴はどうにかなるものじゃないし、それにその眼は貴方が私と貴方
のお父さんと子供だっていう証なんだから。貴方が気に病むことはないのよ、むしろ
誇りを持ってもいいくらい。」
 「うん、わかってるよ。でもこの眼のせいで僕達いつも旅してるんだよね・・・。
みんな紫の眼を見たら顔色変えて追い出しに掛かってくる。・・・・・・それに僕が
へまさえしなければこんな生活しなくてもいいのに。母さんもどこかに落ち着いて暮
らしたいよね?」
 「ええ、できれば私もどこかにずっとすんでいたい。でも旅も悪くないわよ?あち
こちに知り合いができて、いろんな知らない場所へいける。もちろんモンスターや盗
賊なんていう危険もあるけど無茶さえしなければ少しくらい大丈夫。お母さん、お父
さんから色々と教えてもらってるのは知ってるでしょ?『自分の身を守れるくらいに
はなっておけ。』っていつも口癖のように言われてたからなあ・・・。それにフィル
だって魔術が使えるじゃない?」
 「一応は、だけど。まだ魔力を飛ばすくらいしか使えないよ。」
 「今度色々教えてあげるね。でね、お父さんったら魔術だけじゃなくて弓とか拳闘
術とかも教えてくれたのよ。どっちかっていうと無理やりだったけど。自分がいなく
なっても一人で生きていけるようにって、挙句の果てにはサバイバルの方法も教え込
まれたなあ・・・。」

 当時の状況を思い出してか、遠い眼をしながら歩いている自分の母を見ながら、
 
 「それで?」
 「あ、うん、だからそこらのゴロツキくらいなら問題なく瞬殺できるから、大丈夫
なの。」
 「・・・今思ったんだけど、誰もいない山奥とかだったらずっと定住できるんじゃ
ないの?」
 「あ〜、それはね・・・ほら、貴方の教育によくないからよ。他人と触れ合えな
かったら人付きあいの方法とかわからないし、ほんとに世間知らずになっちゃうじゃ
ない?そーならないためにも敢えて街や村で暮らそうとしてるの。」
 「ふ〜ん・・・(今思いついたな、母さん・・・)」
 「何よぅ、その眼は。いかにも疑ってる目じゃないの。おかーさんのことが信じら
れないの?」
 「いいええ、とんでもありません。我が麗しの母上を疑うことなどという恐れ多い
ことはとても矮小な私めにはできませぬ。」

 おおげさな、芝居がかった仕草で答えるフェルベルト。

 「・・・・・・どこでそんな台詞覚えたのよ?」
 「だいぶ前の劇場。手伝いの時とか、あと暇な時忍び込んで舞台袖から見てたか
ら。」
 「似合わないから当分その台詞はやめときなさい・・・。」

 そんな自分の息子にため息をつきながらも歩みは止めない母親。息子のほうは、

 (今度こそばれないようにしなきゃ。もうこんな旅ばっかりの生活、うんざりだ
!)

 と、決意を新たにしていた。

 漸くエルフ達の集落へと到着。その足で母・セシルは村長の所へと挨拶にいった。
待ち合わせ場所の村の中央広場に先に向かい、適当な民家の壁にもたれ掛かりながら
辺りを観察するフェルベルト。規模の小さいこの集落は人口が精々30人弱といった
ところで、民家の数も7,8件ほどしかない。3人の子供達がこことは反対側の民家
の軒下で何やら話しているのが見える。小声で話しているのか、途切れ途切れに声が
聞こえるが、内容までは判らない。時々ちらっとこちらに視線を向けてくることか
ら、自分の事でも話してるんだろ、と自己完結し一眠りしようとそのままの体制で眼
を閉じる。 数分程がたち、自分の前に人の気配が感じられたので眼をあけると、自
分と同い年位の青い髪の気弱そうな少年が立っていた。

 「あの、どこから来たの?」
 「あっち。」
 
 と自分の来た方向を指し、また眼を閉じる。

 「う〜、あっちじゃわからないよ・・・。」

 うるさそうに目を開け、

 「僕だってよく知らないからね。前にいた街は名前覚える前に出発したから。その
前だったら・・・確かウェストルだったと思うよ。用はそれだけ?」
 「あ、えっと・・・君の名前を教えてくれない?」
 「人に名前を聞く前にそっちから名乗るのが礼儀ってやつじゃないの?」
 「そ、そうだね。僕はナリスっていうんだ。君は?」
 「フェルベルト。フィルでもフェルでも好きなように呼べばいいよ。」

 気だるそうに答える。

 「うん。じゃフィルって呼ぶね。あと・・・っ!何するんだよ!?」

 後ろから伸びてきた腕に首をキめられもがくナリス。で、伸びてきた腕の持ち主は
というと、

 「おまえに任せてちゃ日が暮れるぜ、ったくよ。よう、俺ん名はティンブルだ。こ
いつらからはティムって呼ばれてる。」

 そう言って後ろの方にいる少年とナリスを指差す。

 「んで、フィルでいいよな?俺達と遊ばねぇか?ここじゃ子供の数がオレも入れて
三人しかいねえからつまんねぇんだ。で、どうよ?」
 「遊びたいのは山々だけど、母さん待ってなくちゃ駄目だから。その後でよかった
ら喜んで。」
 「後って、どんくらいだよ?」
 「さあ・・・?それは・・・・・・と、母さん。どうだった?」

 家屋からセシルが出てくるのが見え、尋ねる。

 「おっけーだったよ。で、その子達、誰?」

 OKのジェスチャーをしながら尋ねてくる。そんなセシルをみたティムは急に、

 「あ、俺いや僕はティンブルっていうじゃなくていいます。今フィル君と友達に
なったばかりなんですよ。」

 しどろもどろな口調で自己紹介を始める。

 「・・・君に丁寧語は似合わないよ。無理してるのバレバレだし。母さんに惚れた
の?」
 「う、うっさい!」

 顔を赤くして自己紹介をするティムに半眼でつっこみ、

 「ところで・・・ナリス、死ぬよ?」
 「あ?・・・・!げっ、忘れてた!?」

 ティムの腕の中には青白い顔のナリスが口から泡を吐きながらぐったりとしてい
た。慌てて腕から解放しそのまま地面に崩れ落ちるナリス。

 「お、おい、どうするよ?」
 「君のがやったことだよ?僕の知ったことじゃないね。」
 「あらまあ、大変ねえ。」

 慌てるティム、冷静なフェルベルト、マイペースなセシルと三者三様であるが、半
死半生のナリスはきっぱりと忘れられている。だが捨てる神あれば拾う神ありで、

 「そんなことしてる暇あるなら助けりゃいいのに・・・。」

 そう愚痴りながらナリスに治癒魔法をかけるもう一人の少年。

 「ティム君・・・。」
 「こうなったらう・・・お、マイトか、お前も手伝えよ。」
 「何をさ?」
 「こいつを埋める「まだ生きてるよっ!!」・・・あ?」

 物騒なことを言うティムに大声で反論しながらナリスが飛び起きる。

 「なんでえ生きてんのか。だったらそう言えよな、ったく。」
 「無茶苦茶言わないでよ!あんな状況でどうやって喋れというんだよ?第一ティム
が余計な事を・・・!」
 「あーはいはい、俺が悪かったって。だからとりあえず機嫌直せって。」
 「全然反省してないじゃないか!大体いつも君という奴は・・・!」

 延々とナリスの愚痴もとい説教が続く。やれいつも君の所為で貧乏籤引くだの、乱
暴だの、馬鹿だのアホだのetcetc・・・。何度も逃げようとするティムを腕をつかん
で逃がさず、終わった頃には既に高かった日も大分傾き、辺りが夕暮れに染まる頃
だった。

 「・・・はあ、はあ、・・・。」
 ((漸く終わった・・・))

 声に出せばまた延々と続くので口の中で呟くティムとマイト。

 「そーいや・・・フィルとフィルのおばさんがいねえな??」
 「ああ、あの二人なら説教が始まってすぐ抜け出したよ。」
 「何い!?」
 「あれ君達、まだいたの?」

 夕暮れの村を散策していたフェルベルトがたまたま通りかかり話し掛ける。

 「おい、何逃げてんだよ!?」
 「僕がナリスの説教受けるいわれはないから。それにあの調子だと今日は遊べない
と思ったから。」
 「それでも付き合うのが友達ってもんだろうが!」
 「いつ僕と君達は友達になったんだよ・・・。ま、いいけどさ。で、明日でいいよ
ね?」
 「何がだよ?」
 「遊ぶんでしょ?どうせ暇だからつきあうよ。」
 「・・・ああ、明日の朝、飯食ったらすぐにここに集合だ。お前等もいいよな?」
 「はあ、はあ・・・ん、いいよ・・・。」
 「うん、特に問題ないね。」
 「うし、じゃ今日はとっとと家帰って飯食って寝る!んじゃな。」

 そういってさっさと自分の家へと帰っていくティム。

 「あいかわらず強引グマイウェイなんだから・・・あ、僕はマイト。フィル君でい
いよね?」
 「ん。そっちもマイトでいいね。」
 「うん。じゃあお互いの詳しい自己紹介は明日しようよ。また明日ね。ほら、ナリ
ス・・・。」
 「・・・うん・・・フィル君もまた明日・・・。」

 喋りすぎで疲れているナリスを引きずりながら家へと帰っていくマイト。

 「ああ、また明日。・・・・・・・・・・・また明日、か。」

 3人の姿が家の中に姿を消したのを確認し、フェルベルトもセシルの元へ向かう。

 (友達、か。どれだけ関係が続けられるやら・・・。)

 
 そう自嘲しながらも母の所へと急ぐフェルベルトだった。


==============================



 あの日から2日。流血も既に止まり目立つ傷は後頭部のもののみ。もっともその傷
跡も既に消えかけているが。このときばかりは自分の特異性に感謝しながら、ひたす
ら西へ向かい旅を続ける。手持ちの武器は何もなく、ぼろぼろの服と多少の獣肉。こ
れが今のフェルベルトの全てだ。普通なら子供どころか大人でも野垂れ死にするよう
な軽装だが、集落は文字通り消し飛んだため、何も残っていなかったのだ。あの後と
りあえず魔力塊で仕留めた獣を食し、丸一日を体力の回復に当て、偶然見つけた大木
の洞の中で眠った。もちろん入り口のカモフラージュと、残った肉を燻製にしておく
のは忘れずに。
 翌日、日が上りきった頃に目覚め、体調を確認。昨日に比べ大分疲れも取れ、傷も
大半が治っていたのを確かめすぐさま後始末をして歩き出し、今に至っている。
 周囲は未だ鬱そうと茂る森に囲まれており、以前いた街まではまだ距離がかなりあ
る。集落がいくつかあるかもしれないが、態々それを探して道に迷う危険は犯したく
ない。それにこの近辺には盗賊団が出没しているという話を聞いたことがあった。
 今の彼の目的はとりあえず街へ向かうことと、可能ならば盗賊達に接触すること
だった。魔術はともかく自分の戦闘技術の稚拙さは理解しており、このままではセシ
ルを見つけ出す以前の問題だからである。そのために非力な自分にでもできるナイフ
等の戦闘術、若しくは暗殺術を彼
らから学ぼうというのである。もちろん自分が殺されるかもしれないという危険性は
承知の上での決断である。もっとも、フェルベルト自身ががここで死ぬようでは到底
母を探し出せないと考えていたことも大きな要因だが。

 5日目。途中で狩った獣の毛皮を身に纏い、ないよりまし、と一日かけて骨を削っ
て加工した刺突向きの鋭い骨のナイフを毛皮の裏側に隠し持ち、一人旅を続ける。た
またま見つけた集落で、最寄の街がザクという事を知り、地図をもらって直ぐに向か
う。そして、その途中・・・

 「こ〜んな所でガキが一人で何やってんだ?有り金全部出しゃあ、お家まで送って
やるぜ?」
 (囲まれてる・・・。子供一人に容赦ないね・・・。)

 噂の盗賊団に出くわしたのだった。



==============================

 日も大分傾き、辺りが夕焼けに染まる頃。

 「おい、そっちに追い込んだ!ぜってぇ仕留めろよな!?」
 「言われなくても!!」

 こちらに向かってくる野ウサギをしっかりと見据え、弓を引き絞るフェルベルト。

 「ティム!!」
 「おうっ。」

 ウサギを追い立てているティムに合図を送り弓の射線からどかせ、すぐさま射る!
 が、矢ははずれウサギの横の地面に突き刺さり、自分の横を野ウサギが駆け抜けて
いく。

 「へたくそ!何やってる!」
 「黙ってて!」

 すぐさま矢を弓につがえ放つ。今度はウサギの体に命中し、走る勢いのままもんど
りうって転げまわる野ウサギ。

 「ったく、ヒヤヒヤさせんなよ。初めが外れた時マジ焦ったぞ?」
 
 息をきらせながらティムが近づいてくる。その手にはフェルベルトが仕留めたウサ
ギと野鳩がぶら下がっている。

 「君が勝手に焦っていただけだよ?僕がはずすわけがないし。」
 「じゃあ初めのあれは何だよ?」
 「およその距離を確かめるため態とはずしたんだよ。」

 喋りながら近くの木に腰をおろしもたれ掛かる二人。その時鳥の鋭い鳴き声が聞こ
えた。

 「マイトも仕留めたみてぇだな。・・・そろそろ勝負の終わりじゃねえか?」
 「ん・・・そうだね。あれから結構時間たったし。いつものとこに戻ろう。」
 「ああ。お〜い、勝負終了、いつもんとこ戻るぞーー!!」

 先に立ち上がって歩き出すフェルベルトを後目に、大声でここからは見えないマイ
トとナリスに呼びかけ、自分も集合場所へと向かうティム。
 
 (ん・・・?そういえば・・・。)
 「ねえ、ティム、今って何月だっけ?」
 「昨日が大体白月の終わり頃だから、黒月じゃねーの?何言い出すんだよいきなり
?」
 「ちょっと、ね・・・。」
 (僕の制御が弱まる月・・・早く魔術制御の精度を上げないと、また・・・当分気
が抜けないな。)

 内心そう呟き、ティムに並んで歩くフェルベルトであった。

 この名もない集落に来て既に二月。彼等はそれなりに打ち解け、共に簡単な狩り等
の遊びをするような仲になっていた。彼等がいつものところ、と呼ぶ場所は集落から
少々距離のある大体50m四方の小さな広場のことで、元々木が生い茂っていた場所
を少しづつティム・ナリス・マイトの3人で切り開いていたものだった。今ではフェ
ルベルトもそれに加わっており、粗末な小屋もつい先日完成したばかりである。

 「あ、来た来た。そっちはどうだったの?」
 「こっちはこんだけだ。んで、そう言うお前等はどうなんだよ?」
 「イマイチかなあ?カザを2匹だけだったから・・・。そっちも似たようなものみ
たいだね。」
 「ん。そうみたいだね。じゃあ今回は引き分けかな?それでいいよね、ティム?」
 「おう、こっちの負けじゃなきゃ何でもいいぜ。で、ナリスは何してんだよ?」

 互いの成果を確認した後、ナリスがいないことに気づきマイトに尋ねる。

 「ナリスなら小屋を補強する材料持ってくる、って言って、ここに来る途中で別れ
たんだ。前にちょうどいい倒木見つけたって言ってたからね。」
 「あいつ一人で大丈夫かよ?この辺じゃまだモンスターも少しいるって話だぜ?」
 「すぐそこだから大丈夫だって。言ってるそばから、ほら。」

 マイトの指差す方向には倒木を引き摺りながらこちらへ向かってくるナリスがい
た。

 「手伝うよ。」

 そう言いながらナリスとは反対側の木の端を持つフェルベルト。

 「あ、ありがと。一人じゃやっぱりちょっとキツかったんだ。いけると思ったんだ
けどなあ・・・。」
 「で、どこに置く?」
 「小屋の側でいいよ。」

 木を小屋の軒下において、広場の中央に集まる4人。

 「そろそろ弓だけじゃなく、罠も使うべきじゃないかな。僕達の弓の腕なんてたか
が知れてるし。」
 「でもよぉ、今まででも獲物は獲れてたぜ。」
 「うん、そうだね。でも僕もマイトの意見に賛成。やっぱりやるからにはたくさん
獲物が欲しいじゃない?フィル君はどう思う?」
 「まあ、そうだね。狩り自体は大人達に任せておけば良いんじゃない?一応狩りっ
て僕達は呼んでるけど、本番の予行演習に過ぎないし。やっぱり野鹿くらいは仕留め
ないと狩りとは言わないと思うしね。色々試してみるのは必要だと思うよ。」
 「で、どっちなんだよ?」
 「提案自体には賛成。そう言うティムは?」
 「そんな面倒くせぇことなんてしなくてもいいと思うんだけどよ・・・ま、賛成っ
てことにしてやるよ。具体的にはどういうの作るんだよ?」

 言いながらマイトに話を振るティム。

 「落とし穴、かなあ?後は虎バサミとか・・・。」
 「落とし穴はともかく、虎バサミなんて無理だって。大人達に貸してって言っても
無駄だと思うよ。第一僕達には作る金属材料が身近にないし。落とし穴にしても僕達
だけじゃ掘るだけでかなり時間がかかるよ。」
 「そうだよね・・・他にない、マイト?」
 「後は草と草を結んで引っ掛ける奴くらいかな。でも僕達だけだったらそれくらい
しか出来ないね。」
 「本格的なの作るんだったら、どうしても大人の手がいるよなぁ。それじゃ意味な
いし・・・。」
 「結局いつも通りでいくしかない、ということだね。」

 あきれ顔で言うフェルベルトに

 「んだよ、お前賛成じゃないのかよ?」

 問うティム。

 「賛成だよ。でも少し考えたらわかる問題だよ?僕達の体力・状況・技術・・・そ
れで出来るのは文字通り子供だましのものしか出来ないって。ま、こうなるとは予想
してたってこと。」

 肩を竦めながら答え、

 「ところで今日の分配はどうするの?」
 「いつも通り自分で獲ったやつでいいんじゃねえの、ってそれじゃ俺が貰えねぇ
な。どうするよ?」
 「う〜ん、ちょうど4匹あるし、大きさも同じくらいだから一人一匹でいいんじゃ
ない?」
 「妥当なとこだね。じゃ、僕はこれ。」

 さっさと野兎を確保するフェルベルト。

 「んじゃ、俺は鳩だな。」
 「僕達はカザ一匹づつだね。」
 「うん。」

 それに習いそれぞれ獲物をとる3人。

 「今日はもう遅いし、帰ろう。」
 「ああ。結局罠はナシかぁ・・・。ちっとは面白そうだったのによぉ。」
 「また明日にでも僕等で作れそうなのを考えようよ。」
 「それでいいんじゃない?まあ、それだけで一日終わりそうだけど。」
 「言えてらぁ。ははっ。」

 駄弁りながらも家路につく4人。だが、これが実質彼らが友達でいられた最後だっ
た・・・。


==============================

 「小僧、交代の時間だ。とっとと起きろ!!」

 頭を小突かれ、眠い目をこすりながらも起きあがる。

 「んあ?もう交代かよ?」
 「ああ。早く表にいってろ。もう一人の見張り番はとっくにいっている。」
 「へいへいっと。下っ端はツライねぇ・・・。」
 (に、しても懐かしい夢だったな・・・。まだあんなのを見れるとはねぇ。)
 
 愚痴りながらも見張りに立つフェルベルト。

 ここはザクより20km程離れた砂漠の遺跡。そこを利用して強盗団「屍龍」はア
ジトを構えていた。
 接触から既に3年。何とか強盗団に取り入ることに成功、雑用やパシリとして扱き
使われながらもフェルベルトはしぶとく生きていた。暇をみつけては団員に頼み込ん
でナイフの扱い方、毒物についての知識、相手の効率のよい殺し方等物騒なものを少
しづつだが確実に学びとっていた。その過程で口調も変わったものの、外見の変化と
いえば身長が多少伸びた位であり、まだあどけなさを残す顔立ちは3年前とは何も変
わっていなかった。

 (しっかしよお、いい加減成長しねぇかなぁ、俺?エルフにしたってこれは遅すぎ
じゃねぇか?ま、平和ヅラした連中を油断させるにゃ丁度いいんだけどよ・・・。)

 外の冷え込む気温に身を震わせながら、ぼろい外套に包まり直し、遺跡の入り口の
壁に体を預けながら見張りを続ける。

 「なあ、ここに来る度胸のある連中なんているわきゃねえのによ。見張りなんざ無
駄だと思わねぇか?」

 同い年(といっても彼のほうがフェルベルトより年上に見える)の見張り番が不意
に話し掛けてくる。

 「臆病なくらいが何事も丁度いいんだよ。んなこと言ってる連中ほど早死にするん
だぜ?」
 「はっ!!臆病が丁度いいだぁ?やっぱお前ガキだな。震えて縮こまってるだけ
じゃそれこそ早死にするってもんだ!」
 「言ってろ。(そもそもアジトの場所が割れてる時点でお終いだっつーの、ア
ホ。)」

 さっさと会話を打ち切り見張りに集中する。相方のほうも馬鹿にしたように肩を竦
め、持ち場に戻る。

 (臆病の意味がまるでわかっちゃいねぇな。ま、もうすぐその身で後悔させてやる
さ。屍龍ごと、な・・・・・ククッ。)

 不気味に唇を歪め、一人ほくそえむフェルベルトだった。



 ナッデス遺跡。ストレシア城より南東に徒歩で九日程の場所に存在する盗賊や野盗等、犯罪者の巣窟と化している所である。今まで王城からの討伐部隊が幾度も派遣されていたが盗賊の数の多さと、地形や遺跡のトラップ等を利用した意外に巧妙な戦術に手を焼いており、完全な撲滅には未だに至っていない。又、ここはそんなストレシア一帯の犯罪者達を統括する犯罪結社「屍龍」の本拠地としての方が有名であった。
 フェルベルトは現在形式上ここに所属しているが、上からの給料等は一切なく自分の食い扶持は自分で稼がなくてはならない上、総頭目であるザゲルへの月に一度の上納金も納めなければならないという、非常に厳しい生活状況だった。上納金の未納者には、ただ死が与えられるだけである。例え幹部であろうと、例外は一切なかった。
 集団で街を襲い、隊商を襲い、未盗掘の遺跡を荒らす…そのような日常の中、僅かながらもザゲルの信用も得、それなりの生きる術もマゼの街で学んでいった。
 ここ最近の生活はマゼで行い、近況報告や上納金の受け渡し等を定期的に信頼のおける連絡係と接触することで済ませていた。これをしておかないと裏切り者として組織全体から賞金付で追われることになるのだ。一度うっかり定期連絡を忘れた時は凄まく、殴る蹴るの暴行や拷問を受け改めて屍龍に忠誠を誓わされ、10000ラージもの罰金を課せられたのだ。今回の納金で漸く支払いが終わったばかりである。
 「おい、どこへいくんだ?」
 「マゼに戻ンだよ。」
 「見張り明け早々か?ご苦労なこったな。」
 最後の支払い確認のため、ナッデス遺跡に戻ったフェルベルトだが、確認終了早々、4日間の見張りのローテーションに組みこまてしまっていた。、最後の番である深夜・早朝間の番を次の見張り番と交代、からかいの声を受けながらもその足ですぐにマゼに戻る。
 (次のチャンスまで、あんまし時間がねーからな…。)


 マゼには日が天頂に昇る頃に到着した。そのまま自分の隠れ家へ向かい、途中で消費したスローイングダガーの補充を済ませる。暫く休憩した後メインストリートにあるアーグ薬品店へと足を運ぶ。この店はフェルベルトが押しかけ弟子をしている店の一つであり、ここで働きながら店主のアーグに薬草の知識等を学んでいた。
 途中で因縁をつけられながらも軽くあしらい、漸く店の前に到着、扉をくぐる。
 「おやっさん、おひさ!」
 「ああ…。」
 棚の整理をしていたガタイのいい中年に声を掛けると、何時も通りそっけない返事が返ってくる。
 「今日は何すりゃいーんだ?」
 「在庫のチェックと、倉庫整理だ。…言っておくが盗むなよ?」
 「へいへい、何度それ聞きゃいーんだよ?もうここで働いて1年、そりゃもう真面目に働いたさ。そんな勤労少年捕まえてまだそんなこと言ってんのかよ?」
 「…ふっ。」
 「ったく、このオヤジはよ…。」
 ぶつくさ文句を言いながらも店の奥へ行く。店の倉庫は外の外観から想像できないほど広く、地下は2階建て、広さはそれぞれ50?もありそこには今までアーグが傭兵を引退するまで収集した物、仕入れたもの等がかなり大雑把に分けられていた。これらの品物の仕分けは1年経つ現在でも、地下1階部分の半分程しか終わっておらず、全てが終了するまでには相当な時間がかかることは容易に想像がつく。
 「相変わらずゴチャゴチャしてやがる…整理した気がしねぇな。」
 「お前の手際が悪いだけだ。」
 「っ!いたのかよ!?脅かせやがって…。」
 「お前が勝手に驚いたのだろうが…。」
 突然かけられた声に驚いて振り向くと、手に分厚い本を持ったアーグが立っていた。
 「帰る時に俺に返せ。」
 「っと…。」
 そう言ってフィルに本を投げ渡し、さっさと店へと戻るアーグ。その本は現役の傭兵だった頃のアーグが各地を転々と旅する間に書きとめた、薬物に関する知識の本だ。手渡された本を小脇にかかえ、今日の分の整理を終わらせるべく、倉庫の奥に向かう。
 (こんだけゴチャゴチャしてりゃ、盗まれても気付かねぇと思うけどな。…ま、ポリシーに反するしヤメヤメ!お仕事お仕事っと。)

 三日前
 「ごめんね、フィルは体調が優れなくて寝ているのよ…。」
 「いえ、病気なら仕方ないです。じゃあ、フェルベルト君にお大事に、と伝えてくれますか?」
 「うん、言っておくね。また遊びにきてあげてね。」
 「はい。それじゃあ…。」
 いつものように遊ぶために誘いにきたマイト達が帰り、ドアが閉まる。寝床でぴんぴんしているフィルに振りかえり、問いかけるセシル。
 「黒月中ずっと引きこもってるつもり?それは色々とまずいわよ。」
 「わかってるよ。でも制御がうまくいかないんだ。…母さん手伝ってくれる?」
 「はいはいっと…。」
 サッとフィルの顔の前に手をかざし、制御の補助魔法をかけるセシル。
 「終わったわよ。…でもこんな調子じゃ外には出ないほうがいいわね。」
 「うん。とりあえず、制御の練習でもしてるよ。」
 「そうしておきなさい。じゃ、母さんは出かけるから家の中でじっとしているのよ。」
 「ん。」
 バタン、と扉の閉まる音を聞きながら、寝床の上で胡座をかき右手の上に小さな魔力塊を出現させる。
 (この程度か…。まあいいや。とりあえず昼前まで続けるか。)

二日前
 「まだ駄目みたいね…。」
 「うん…。」
 未だに右目は紫のままであった。
 「少しはマシになってるんだけど、幻術の効果が持続しないんだ。」
 「そうねぇ…今日はお母さんも手伝うわ。みっちりと扱いてあげるから、覚悟なさい♪」
 「…お手柔らかに。」

前日
 「うん、大分よくなぅたじゃない。これなら外に出ても大丈夫ね。」
 「本当?じゃ、さっそく遊んでくるよ。」
 普段冷めているようでもまだまだ遊びたい年頃のフェルベルト。顔には殆ど出さないものの外で遊べるということに胸が踊っていた。
 「くれぐれも村のみんなにばれないよう、気をつけるのよ?」
 「うん!じゃ、行ってきます!」
 漸く缶詰め状態から解放されることもあり、喜び勇んで自分の家の扉を開け放った。その足でさっそくティムの家へと向かい、呼びかける。
 「は〜い、ちょっと待ってね。あら、フィル君じゃないの。もう体は大丈夫?」
 「はい、おかげさまで。ところでティムはいますか?」
 「今朝ご飯食べてるところなの。もう少し時間かかるから上がって待ってて頂戴ね。」
 「はい、お邪魔します。」
  きちんと挨拶を交わしてから、ティムの家に上がらせてもらう。そこには、
 「ふぉう!ふょっとふぁってろ!(おう!ちょっと待ってろ!)」
 大急ぎで食べ物を口に放り込むティムがいた。
 「…行儀悪いね。先にそれ食べちゃいなよ。」
 「ん!」
 皿の最後のおかずを木製コップの中の水と共に一気に飲み込み一息、そしてすぐさま立ちあがって壁にかけてあるナイフ数本と自作の弓矢をひっつかみ、
 「ごっそさん!じゃ行こうぜ!!」
 言うが早いかもう家の外に飛び出すティム。
 「相変わらず落ち着きが無いね。…じゃあおばさん、ティムを借りていきます。」
 「うちの子を頼むわね?。」
 「はい。」
 ティムの母の、うちの子もいつになったら落ちつきという言葉を覚えるのかしらねぇ、という愚痴を聞いて苦笑しながらも返事。すぐにティムの後を追って広場へと歩く。
 「よお、元気になったみてぇだな。とりあえずあいつら誘うか?」
 「うん。僕はナリス誘うから、君はマイトの所をお願いね。」
 「おっしゃ!」
 
 数十分後、彼ら四人は森の空き地にいた。
 「さって、今日はフィルの快気祝いだな。でっかいの獲ろうぜ!」
 「そう都合よく見つかるといいけどね。」
 意気込むティムと、苦笑しながらそれに答えるマイト。
 「ま、いたらいたでよし、いねぇならいねぇでいいじゃねっか!かわりに木の実でも取って、こうぶわぁーっと派手にやりゃよう。」
 「君らしいね。とりあえず今日は皆で獲物を探さない?競争抜きでさ。」
 フィルが提案する。
 「たまにはそういうのもいいね。僕は賛成。」
 「反論する理由も無いし、僕もそれでいいと思うよ。」
 「ま、いつもと違うやり方もおもろそーだな。それに人数多いほうが大物を仕留めやすいし。」
 「じゃ、決まりだね。とりあえずここから東の方へ行こう。」

 (漸く見つけました……様のご子息…。さて、種を蒔きましょうか。騒乱という名の木の種を…。)
 森の影に潜む人影に気付くことなく、彼らは森の奥へと分け入っていった。


 「見つからないねぇ…。」
 「そだね。」
 「…。」
 あれから数時間。いつもならとっくに兎なり鳥なりを仕留めているはずが、今日に限っては姿すら見えない。
 「なんか、変だ。」
 フィルが呟き、
 「ああ。何かって聞かれてもわかんねぇが、こう、どっかがおかしいぜ。」
 ティムが相づちを打つ。
 「鳥の鳴き声を一度も聞かないなんて、こんなこと今までなかったよ。いったいどうなってるんだろ?」
 「うん……!何か聞こえるよ?」
 耳を澄ますと、地鳴りのような音と木々の倒れる音が聞こえてくる。音も徐々に大きくなっていることからどうもこちらへと近づいているようだ。
 「目茶目茶ヤバイ気がすんのは俺だけか?」
 「安心していいよ。僕もそう思うから。」
 ティムとナリスが冷や汗を流しながら頷きあう。
 「そんなこと言ってる場合じゃない!来たよ!!」
 マイトの叫びに彼の指差す方向をみやると、体長が9メートルはある巨大な牛が木々を薙倒しながらこちらへ突進して来る!
 「なんだよあいつぁ!?」
 「知らないよ!僕に聞くな!!」
 慌ててその場を反転、逃げ出すが牛の突進のスピードは凄まじくすぐに追いつかれる!
 「っ!みんな散るんだ!」
 マイトの声に一斉にバラバラに逃げ、先ほどまで彼らのいた場所を牛が駆け抜ける。そのままどこかへ行くと思いきや、
 「あいつ、僕達を狙ってるよ!」
 こちらにターンし、ナリスへと再突進を仕掛ける!すぐさま弓矢で応戦するも、いかんせん非力な子供の力故、牛の体に鏃(やじり)が突進の勢いに弾き飛ばさる。
 「わわっ、逃げ切れない!」
 「喋ってるヒマあんならとっとと避けろ馬鹿!!」
 咄嗟にティムがナリスを蹴飛ばしたおかげで直撃は免れるが、すぐさま狙いをマイトに定め突っ込んでくる牛。その角の間に電光が走り、
 「!!マイトっ!」
稲光がマイトを襲う!!がフィルが咄嗟にマイトの手をひっつかんで引き寄せ突進をかわし、防御障壁で雷光を防いだため事無きを得た。牽制にティムが手持ちのナイフを投げつけるも、刃がうまく刺さらずに空しく地面に落ちる。
 「た、助かったよ。」
 「とにかくこいつを仕留めよう!村まで逃げ切れないしあんなのを村へ生きたまま連れていくことなんてできないっ!」
 「それはいいけど、どーやって仕留めンだよ、あんな化けモン?俺達の腕じゃぜってぇ無理だぞ!!」
 自分の攻撃を悉くかわした子供達を警戒してか、その場で地面を踏み荒らしながら鼻息も荒くこちらを睨む雄牛。
 「たぶん、あいつはサンダーオックスだと思う。でもあんなの、絶対にこんなところにいないはずなのに…。」
 「ンなこたぁどーでもいい!どーやって倒すんだよ、フィル!?」
 「知能は普通の牛とは変わらないはず…。ただあいつの雷は気をつけないと。」
 「でもこん中であいつの雷防げるの、お前とナリスぐらいだぞ?」
 「それは…来るよ!!」
 今度はかなりの大きさの電光が頭部の二本の角の間にはしる!!
 「ナリスっ!」
 「うん!壁よ、僕達を守れぇっ!!
 「障壁っ!!」
 素早くナリスと共にティム・マイトの前に踊り出、防御魔術を展開。直後に凄まじい光が辺りを覆い尽くす!!
 「うわぁぁああ!」
 「こんなの眩しいだけだよ!」
 フィルが強がりを言うものの、明らかに押されている二人。少しづつだが両足で地面を削りながら後ろに押されていく。
 「おい、大丈夫なのか!?」
 「知らないよっ。あの牛に聞いて!」
 額に脂汗を浮べながら必死で防御障壁を維持する二人。障壁越しに弓を撃つも、例によって体に弾かれる。だがサンダーオックスの攻撃はそれだけにとどまらない!
 「うわぁぁっぁあああ!!??」
 突然障壁に凄まじい振動がはしる!!その場はこらえたものの、衝撃の負荷に耐え切れず二人の腕に裂傷が生まれる。
 「くそっ、突っ込んできやがった!!」
 「どうするティム!?このままじゃ僕達…!」
 「んなこたぁ判ってる!!だがどーしろって言うんだよ!?」
 この場をヘタに動こうものなら雷の餌食になってしまうのは目に見えている。後ろの切羽詰まった声を聞きながら無理やり気を鎮め、考えるフィル。そうしている間にもサンダーオックスの突進と雷撃は続いている。
 (背に腹は考えられない、か…ここで死ぬよりはまし…!!)
 「…ナリス、一人でならどれくらい持つ?」
 「いいとこ四数える間だよ…!それがどうしたの!?」
 「それだけあれば十分。ちょっと頼むよ。」
 「何を…ッ!!」
 疑問に思うひまも無く急激に増えた負荷のためそちらに意識を集中させる。
そして突撃と雷撃をそれぞれ一回づつ耐えたすぐ後、
 「…お待たせ。術を解いて」
 「でもそれじゃ!」
 「どちらにせよもう君は術を維持できないよ。早く解いて!このままじゃ防御障壁が邪魔でまともに当たらないよ!」
 「死んだら化けて出るからね!?」
 死ぬときは皆一緒だからどう化けて出るの?と聞きそうになりながらも右手首に左手を軽く添える体制で右手を牛へ向ける。直に障壁が消え、こちらに突っ込んでくるサンダーオックスが視界に明瞭に入ってくる。
 「貫けぇっ!!」
 大声と共に凄まじい魔力が牛に襲いかかる!緑光の奔流はそのまま牛を飲み込み、森を切り裂きながら突き進む!暫くして荒い息をしながらフェルベルトが辺りを確認した時、彼の前には「道」が森の深くまでずっと続いていた。何かに削り取られたようなその「道」は所々から煙が立ち上り、一部では地面がガラスと化して木々の隙間から零れる光を反射し、薄く輝いていた。
 「……。」
 「すげぇ…。」
 「ほんとに、君が…?。」
三者三様の驚きようでその光景を見ている三人。フィルは彼らに向き直り、
 「帰ろうよ、もう…。」
 「ん?お前その目…!」
 声に反応し素早く右目を手で覆う。
 「見たね…?」
 「あ、ああ…。」
 「君、その紫の目は…?」
 恐る恐るといった感じで聞いてくるナリス。
 「生まれつき、こっちが本当の目の色だよ。大人達には言わないでね?…僕は、君たちと、友達でいたいから。」
 最後は一語づつ区切るように、搾り出すような声で三人に頼み込むフィル。
 「…お、おう!目の色がなんであれ、お前はお前だよな!?でーじょーぶ、誰にも言わねって!」
 何かを振りきるように、明るく言うティム。
 「そうだよ、フィル君はフィル君だよ。」
 「うん。君が気にすることないよ。僕達、友達でしょ?」
 後に続くように口々に約束し、フィルを励ます三人。
 「ありがとう…。」
 「こんなことくらいでなんて顔してんだよっ?あんな御伽噺なんて今時誰も信じちゃおねぇよ。お前の気にしすぎだって!」
 そういって肩を乱暴に叩くティム。
 「そうだよ。君は何にも悪いことしてないし、その目だってすごく綺麗じゃない。どうして隠すの?」
 「そう思わない人のほうが多いってことだよ。」
 ナリスの問いに苦笑しながら頭を振る。
 「だから…これは僕達の秘密にしてくれないかな?誰にも言わないでね。」
 「まっかせとけって!!友達を悲しませることなんかしねぇよ。」
 「そうだよ、僕達友達じゃないか。誰にも、絶対に言わない。」
 「少しは僕達の事、信用して欲しいな。」
 それぞれから同意の返事を得、安心した顔つきになるフェルベルト。
 (よかった…。話のわかる友達で本当によかった…。)
 
 だが、その安堵感は粉々に砕かれることになる…。



 「オヤジィ、今日の分終わったぜぇ〜〜!!」
 倉庫の奥から、大声を張り上げながら出てくるフェルベルト。
 「ああ。」
 「んじゃ、これ返すわ。また明日…っと、頼んどいた物、出来たか?」
 「こいつだ…。」
 本と交換に何やら粉末状の物の入った革袋を手渡される。
 「ど〜れ…確かにイリュージョンマッシュルームの胞子だな。あんがとさん!あ、あとこつとこいつも頼む。」
 袋の中身を確認し、本のページをめくっていくつかの品を注文し、もう用は無いと言わんばかりにさっさと店を出る。
 常時携帯している干し肉を齧りながら次の目的地へと向かう。日はまだ傾いてさほど時間は立っておらず、精々二、三時といった頃合だ。
 「後はカルファスのオヤジんとこか。土産はこいつでいいや。」
 いいながら干し肉の入った腰袋に目を移す。

 「ちぃ〜〜っす!!カルファス神父います?」
 「あらアル君じゃない。お久しぶりね。ここ数日見なかったけどどうしていたの?」
 「へへッ、ちょっと野暮用で街を出てたんだよ。で、大したモンじゃないけどお土産。」
 中年のシスターに答えながら干し肉の袋を渡す
 「いつも悪いわねぇ。神父様なら二階の自室よ。」
 「うぃっす。それじゃ!」
 軽く手を上げてシスターに分かれを告げ、然程広くも無い礼拝堂を抜け、演台の奥の階段を上る。
 「よぉ不良神父。」
 「その口の悪さは相変わらずのようで…。」
 ひょろっとした体型、青白い顔。不健康面した壮年の男性が木製のデスクの前で蒸留酒を飲みながら何やら読みふけっているこの男こそがカルファスだった。元はストレシア城の暗部に籍を置いていた男だが、どういう経緯か今はマゼで神父という似合わない仕事をしている。
 「事実じゃねえか。日も高いうちからこんなモン酒かっ食らいながら読んでるんじゃよぉ?だいたい神父なら神父らしく聖書とか教義本でも読んでろっつの。」
 「人が何読もうが私の勝手です。」
 ひょい、とカルファスの読んでいた春画本を取り上げパラパラとめくり、直にソファに放り出す。そしておもむろに懐に手を入れ何かを放り投げるフィルの態度に溜息をつきながら片手で品物を受けとる神父。
 「ご注文の消臭剤と脱臭剤、持ってきたぜ。」
 「確かに。で、あれから腕のほうは上達しましたか?」
 品物を確認しながら尋ねる。
 「まともに飛ばせるようにはなったけどよ、こっからあの壁位までしかまともに当たりゃしねぇ。」
 言いながらリストバンドのから何かを取り出し壁に投げる。音も無く壁に刺さり微かに震えるそれは長さ10cm弱の針であった。
 「三月でそこまでいければ上出来です。命中精度のほうは?」
 「十発七中、てとこだな。」
 「ふむ…さっきの投げ方ではそうでしょうね。もう少し手首に捻りを入れて…こうするのです。」
 言いながら自分の針を天井の梁に張り付いているフィオル虫目掛け放ち、見事に命中させる。
 「さっすがぁ。腐っても何とやらだな。ナイフなら俺も負けねぇんだがね。」
 「ともかくヘリオスの遠征まであまり時間がありません、練習あるのみです。第一これくらいは出来ておかないと暗殺では使えませんよ?」
 「ああ。三日後までにはもちっとマシな腕になっとくって。じゃ、他の仕込みあるからこの辺で帰るわ。」
 「いつもながら忙しない人ですね…。もっと機が熟すのを待って確実に仕留める、とかは考えないのですか?」
 「探し物があるからな…。だから手っ取り早く金作ってとっととこんな街でていくんだよ。」
 「手っ取り早く、で屍龍を壊滅させるんですか貴方は…。まあこちらとしては約束の報酬さえ頂ければ貴方がどこで、何をしようと知ったことではありませんし。」
 「残りの金はヘリオスの首で払う。だからもちっと待ってくれや。じゃな!」
 そう言って階段を降りるフィルを見送りながら、
 (彼は今後を考えているようで考えてないですねぇ…。ま、くれぐれもこちらに被害さえ及ばない範囲でご自由に行動して下さい。)
 一人ごちる似非神父であった。

 夕暮れ時。あの後フィルは、数人の舎弟にいくつか指示を出して自分の隠れ家に戻り、周辺の地図を広げて襲撃ポイントと罠の確認していた。
 「後はここでどれだけ足止めさせるか、だな。魔法陣さえ発動させりゃ…。」
 そうこうしているうちに、夜はふけて行く。

 そして襲撃の当日を迎える…。




 「……だ、故に………い。」
 「でも、……の?」
 (あー…また、この夢、か…。)
 途切れ途切れに聞こえる会話、何者かの腕に抱かれている自分。そして…おぼろげに見える銀色の長髪の男。
 「……に越した…はない。お……く、こ………・る。」
 「……・よ。」
 「ああ。では始める。」
 そして、男の掌が自分の顔に近づき…



 「…だから誰なんだよ、てめぇは。」
 最悪の目覚めの中、フィルは起き上がり夢の中の人物に悪態をつきながら、寝汗でべとつくシャツを脱ぎ、固いベッドに放り投げる。
 日は未だ昇っておらず、窓の外は漆黒の闇に覆われている。だが、壁に引っ掛けてある、以前くすねた懐中時計は直に日が昇ることを指し示していた。
 「…やめやめ、野郎のことなんかいつまでも考えてられっかよ。」
 気を取り直し、テーブルの水差しから直接水を飲み、乾いた喉を潤す。そしてアンダーシャツを着ながら棚からジュズパンと干し肉の残り、萎びた野菜を取り出し手早くサンドイッチにし、一気に頬張る。その間に上着を着こみ、装備を確認。スローイングダガーが6本、リストバンドの針が7本。そして要となる魔導書「イチオノス・ウタスォコヌテュイジ」。これは入手したはいいものの、解読を試みた「屍龍」のメンバーが匙を投げたため倉庫で埃をかぶっていたのを見つけ、フィルが頼み込んでザゲルに貰ったものだ。
 一通り確認を終え、体の各所に武器を仕込み、頭にターバンを巻きつけ、テーブル上の念話球を手に取る。
 「……おい。準備のほうは?」
 《ああ、アニキ!おはようっス。今魔方陣の確認作業中っス。他はOKっスよ。》
 「そうか。んじゃ、今からそっち行くから…昼頃だな。ついでにメシ持ってってやるから、準備それまでに完璧にしとけ。他の連中にもそう伝えとけよ?」
 《らじゃっス。アニキのお早い到着待ってるっスよ!》
 会話を終え、珠もベッドに放り投げる。
 大きめのザックの中身を確認し、魔導書を放り込んで背中に背負う。そしてちら、と確認した時刻は3時を少し回ったところであった。

 「フィルのアニキ!ご苦労様です!!」
 「おう。ロブはどこだ?」
 「ロブアニキならこっからちょっと東へ行った所です。」
 聞きながら、それぞれに革で包んだサンドイッチを投げ渡し、
 「ん。お前らは砂丘の影でメシでも食っとけ。」
 「はい!」

 昼過ぎ。砂漠のとある場所にフィルとその部下がいた。彼らはフィルの指示により、この周辺に大規模な罠を仕掛けていた。それは、召喚用の魔方陣。ほんの僅かにオリハルコンの混じった金属製のワイヤーで非常に精緻に描かれたそれは、今は巧妙に砂に覆われている。
 僅かな日陰に部下達が入ったのを確認し、フィルはロブことロバートの元へと歩み寄る。
 「よっ。準備はどーだ?」
 昼飯のサンドイッチを投げ渡しながら尋ねる。
 「あっ、どもっス。ワイヤーの断線や腐食はなかったっスよ。」
 サンドイッチを数回お手玉しながら答えるロブ。
 「ああ。わかってンだろーが、マズったら俺達が御陀仏だぞ。そこんとこ、大丈夫だろうな?」
 「もちろんっス。夕べだけでもこの図の通りかどうか俺達十回以上は調べたっスから、大丈夫っス!!」
 魔方陣の写しをよく確認しながら、胸を張って答えるロブ。
 「そうか。お前がそんだけ言うんならでーじょぶだろ。」
 二人で身近な砂丘の影に入り、腰をおろす。
 「にしてもアニキ、よくそれが読めますね?」
 サンドイツチを食べながら聞いてくるロブ。
 「ああ…なんでかしんねーが、解るんだよなぁ。ってもコイツは殆ど白紙なんだよなぁ…。」
 分厚い魔導書を取りだし、ペラペラとめくる。最初の十数ページには古代文字と共に召喚獣の図解が載っているのだが、後のページは何も書かれていない黄ばんだ紙のみである。ため息と共に本を閉じ、
 「ま、使える範囲で使うしかねーだろ。この機にヘリオスを取り巻き諸共一掃するにはコイツしかねぇしな。」
 頭に、本に載っていた凶悪なモノを思い浮かべながら呟く。
 「そっスかねぇ…。とにかく、もっぺん魔方陣調べてくるっス!」
 パンパン、と尻についた砂を払い立ち上がるロブ。
 「相変わらず食うの早ぇな…。早食いはあんまし体によくねーぜ?」
 「だいじょぶっス!こんくらいなんともないっスよ。」
 苦笑しながら、立ち去っていくロブを見送り、ザックから紙とペンを取り出すフィル。周囲に探知結界を張り、素早く伝言を書き記しザックにそれを貼り付け目を閉じる。
 伝言の内容は『夕方に起こせ』だった。

 そして、襲撃予定時刻の少し前。周辺は既に薄暗く、気温も過ごしやすい温度にまで落ちている。そんな中、既に目を覚ましていたフィルは自分の子分達に砂丘の上から念話球で詳細な指示を出していた。
 「ねぇ…ほんとに大丈夫なの?」
 「ん?今更引き返せねぇよ。怖気づいたか、エリー?」
 「怖くないっ、と言うなら嘘になるけど…。」
 その時、念話球からの連絡が入りる。それによるとヘリオス達がこちらから視認できるほどの距離まで来ているとのことだった。
 「無駄口叩いてる暇、なくなっちまったな。もう引き返せねぇ。腹ぁくくろうぜ?」
 「…うん。」
 ポン、と自分より頭一つ分小さい少女の頭をなで、念話球で部下達に激を飛ばすフィル。
 「よし、持ち場へ着け!成功すれば大金が、失敗すれば死が俺達を待っている。今更ヘリオス側に寝返っても無駄死にするだけだ!(俺が、始末するからな。)分が悪い賭けだがその分見返りはでけぇ!お前ら、気張っていけよ!!」
 《おう(はい)!!》
 返事を確認せずにさっさと懐へ珠をしまい、ザックを少女に投げてよこす。
 「じゃあ手はず通り、それ持って隠れてろ。死にたくなきゃペンダントはしっかり首にかけておけ。」
 「うん。じゃあ…気をつけてねフィル!」
 ザックを抱え、小走りに砂丘を駆け下りていく少女。それを見送り、一人ごちる。
 「さて、と…後は詠唱のタイミングだな。」

 その頃。
 「副頭目、どうも今回の遠征はおかしくねぇですか?」
 「ああ。情報通り隊商がいるにはいたが、聞いていたよりは遥かに規模が少ない。本当にスフィルの情報か?」
 「へぇ。出かける前のも幾度も念を押してきやがったので間違いねぇでやんす。」
 「……裏切り、か?」
 「まさか!あのチキン野郎にそんな度胸なんてないっすよ!アニキの考えすぎですって。」
 「だと、いいのだがな。」
 
 「屍龍」の副頭目でもあり、組織全体のブレーンでもあるヘリオスとその部下・総勢約200名程が闇の迫る中、遠征の帰路を進んでいた。今回の遠征は「屍龍」お抱えの情報屋スフィルの情報により東部アスリース国境付近で大規模な隊商を襲撃、積荷等の奪取するはずだったが、成果はスカ。遠征先にあったのは馬車数台の小規模なものだけであった。
 同様に他の幹部の幾人かもスフィルを含む複数の情報屋によって本拠地であるナッデスを離れていたのだった。
 そんな彼らを砂丘の影から伺いながら、詠唱を始めるフィル。
 (さぁ…殺戮のパーティーの始まりだっ!!)

 「おかしい。風が感じられん…。」
 「ダンナぁ!あれ、なんでやすかね!?」
 異変を感じたヘリオスが部下の指差す方向を見ると、薄い緑色の壁が自分達を囲むように存在していた。
 「おい、何故今まで気づかなかった!」
 「それが急に現れたんでして、そのぉ…。」
 「チィ…言い訳している暇があればさっさと逃げろ!!」
 どもる部下を叱咤しながら退路を探すが、既に周囲の空間は緑の壁に覆われていた。
 「捕らえられた…か。……ん…!」
 「ヘリオスさん、どうすれば!?」
 突然、音を立ててこちらへ迫ってくる周囲の壁にパニックを起こす部下たち。
 「騒ぐな!!ともかくこの空間の中央へ行くぞ!」
 そして、それこそがフィルの思惑通りとはつゆ知らず、部下たちを引き連れて中央部へと退避するヘリオス。そして…
 「魔術の使える者はっ!」
 「十人程が。」
 「上出来だ。一点集中でこの壁を破る!お前達、集まれっ!!」
 号令で、魔術を使用できる者が集まり、迫り来る障壁の東側へ向けて様々な術を放つ!轟音と砂煙を巻き上げ、障壁に着弾するも、効果は薄い。ほんの僅かに緑色の壁が薄まるも、すぐに戻ってしまうのだ。
 「諦めるな!効果はあるんだ、そのまま続けろ!!」

 『アニキ!あんましもたねぇよ!もう魔源石にヒビが…!』
 「わ〜ったよ、今召喚するからギャーギャー騒ぐなって…」
 (さて、破られる前に決めさせてもらいますか…。)
 子分の催促もあってか砂丘の影から素早く立ち上がり、頂上まで駆け上り魔導書を見ながら詠唱を始める。なお、ヘリオス達を閉じ込めている結界の維持はエリーやロブ達に持たせた魔源石のペンダントが行っているため、当分は大丈夫だろう。
 「オイェディ、イートキネオジボイ、イスモニュィージ、アフュルスナクォイセラウ…来いっ、イビルワーム!!」
 そして、結界内部は地獄と化す…。

 「まだ破れんのか…?」
 幾度も魔術が直撃するも、結界は一向にその輝きを落とさない。更に術者のほうも魔力切れで幾人かが脱落しており、放たれる魔術の勢いも衰えてきていた。
 「ヘリオスさんっ!あれを!!」
 「…あれは…ガスのとこのガキか?」
 結界ごしに見える砂丘の頂きに立つフィルを視認し、これまでの状況の原因を冷静に判断し、おおかたの事情を悟るヘリオス。だが、
 「ガキの始末などここから出られればすぐにでも出来る。早く結界をぶち破れ!!」
 そう。ここから出ないことには事実確認すらできないのだ。変化しない状況にややいらつきながらも同じ指示を出し続ける。と、突然足元から緑色の輝きが漏れ出す!!
 一気に周囲が騒然となり、砂が周囲を覆い隠す。…そして。
 「がああぁぁっ!?」
 「う、腕を!コイツ!?」
 「ぁぁぁぁ……。」
 悲鳴や呻き声、そしてクチャクチャ、と何かを咀嚼するおぞましい音が聞こえ始める。
 「おいっ状況はどうなってやがる!?」
 すぐ近くに居る部下に確認を求めるが、
 「この砂煙では何っ!ぁあああっ!?」
 悲鳴と共にその場に崩れ落ちる部下。そしてその足には。
 「こ、こいつはいったい…。」
 蟲(むし)。大人のこぶし大の大きさの、それも夥しい量の蟲が彼の足に食らいつき、その肉を貪り食っていた。
 「あ、アニキィ!助けて…。」
 「っ!離れろ!!」
 すがり付いてくる部下を無情にも蹴り飛ばし、一箇所に留まっては蟲の餌食となることもあったので、周囲を確認しようと走り出す。既に周囲の砂は血を吸ってどす黒く変色しており、赤黒い塊に無数の蟲が集っている。幾人かは未だ蟲とやりあっている様だがそれもそう長くは持たないだろう。今更ながら術者を最初に使いきってしまったことが悔やまれるが、どうにもならない。
 (クッ…やってくれる!!俺とした事が冷静さを欠いてしまうとは…!)
 
 大量の魔力の消費による酷い脱力感に苛まれながらも、それを誰にも悟られないよう砂丘の上でヘリオス達が食われていく様をじっと立ったまま見続けるフィル。
 (膝の震えが止まんねぇ…早くしねぇと蟲どもが根こそぎ食らい尽くしちまう!)
 内心の焦りを抑えながらも、指示を飛ばす。
 「レウ、結界のほうはどうだ、持ちそうか?」
 『もう暫くは持ちそうだけど、精々十分てところだね。』
 「りょーかい。デラ、ピンピンしてる連中はどんくらい結界内に残ってる?」
 『……ぇう……。』
 「おいっ!返事しねぇか!?」
 『…っ、すんません…大体100人程です。』
 「で、賞金首はどんくらいだ?」
 『……五万ラージ以上が4人、後はカスばっかり…うっ…。』
 「おいおい、こんくらいで戻すんじゃねーよ…ロブはデラ連れて先にアジト戻ってろ。」
 『りょーかいっス!フィルのアニキに幸運を!』
 「おう。」
 大分震えも収まってきた。
 (はっ…俺が一番ビビッてんじゃねーかよ…。ざまぁねーな。)
 自嘲気味に苦笑しつつも、屈伸で体を解す。そして…
 「おめぇらっ!あと3分で結界解除、んでもってめぼしい首ィ、掻っ攫えやぁ!!」
 『うん!』『あいよっ!』『おーけぃ。』『うっス!』
 返事を確認し、残り少ない時間を蟲達を操るために目を閉じ精神統一を開始するフィルだった。

 「旦那ぁ、どうするんですかい!?これじゃ俺らみんな食われちまいますよぉ!」
 「情けない声を出すな!気が散る!」
 既に術士達の姿は周囲にはない。おそらく既に食われたのだろう。
 現状を打破できない苛立ちも頂点に達し、既に冷静な思考もできなくなっていたヘリオスだが未だに諦めていなかった。
 「おい、とりあえずあの忌々しい壁を壊せ!魔法が駄目なら剣でも斧でもなんでもいい!とにかく強い衝撃を与えろ!」
 結局はそれしか思いつかず、群がる蟲を避けつつ壁へと剣を叩きつける!キイィィンと澄んだ音とともに勢い良く剣が弾かれ、思わず衝撃に剣を落としそうになるも辛うじて手放す事だけは避けられた。だが、体勢を崩したヘリオスに容赦なく蟲が襲い掛かる!
 (くそっ!)
 内心で悪態をつきながらも左袖口より出したナイフで眼前に迫る蟲をなぎ払う!
 嫌な鳴き声を発しながら数匹が地面に真っ二つになって転がるが、仲間の死に動じた様子もなく更に蟲がヘリオスに群がる!咄嗟に飛びずさり僅かに距離をあけるもすぐに囲まれてしまう!
 そこかしこで断末魔の悲鳴や呻き声が聞こえ、更に密度を増した蟲達がもう残り少ない生存者に容赦なく牙を剥いている。さすがにヘリオスも二十数人にまで減った部下達を見、絶望に顔を染める。と…。
 「む、虫が消えてく…?」
 蟲達が砂中へと次々と姿を消していく姿を半ば放心状態で見送りながらも、取りあえず生き残った少数の部下達を呼び寄せる。
 「あれだけの数が、今ではたったのこれだけか…。」
 自分の周囲に集う男達を見やり、呟く。
 「足をやられた連中も入れても精々二、三十人てとこですかね…。」
 「それより旦那、壁ぇ消えてますぜ…!あんのガキ共か!!」
 部下の一人が走り寄る子供達を見咎めるも、飛来した矢に胸を射抜かれて崩れ落ちる!
 「くそガキがぁっ!なめんじゃねぇ!!手前ぇら、殺れ!」
 誰かが叫び、手斧を投げつけんと左腕を振りかぶり、
 「死ねやぁっ!?」
 「てめーがな。」
 斧を左腕ごと緑の閃光に吹き飛ばされ、あまりの痛みに無様に砂上を転げまわる。他の男達もめいめい獲物で応戦しようとするも、飛来する毒矢やダガーに貫かれ次々と膝をついている。普段であればこんな子供達など一蹴できる強さを持つ彼らも、立て続けに起こった常識外の出来事・蟲との攻防によって体力・判断力を著しく欠いている。更に足場も砂上ということがあり思うように回避ができずにいる。
 これらの事も手伝い子供達は大きな痛手を受けることなく大人の男達を一人、また一人と地に這わせてゆく。
 「フィルぅ…全部貴様かぁああ?」
 腹の底から搾り出すような低い怒声で問いただすヘリオスを鼻で笑い、
 「そーゆーこと。それとも何、ここまできて解らないほど耄碌したのかいヘリオスのおっさんよぉ?」
 嘲りの言葉を呪文とし、碌に狙いもつけずに魔力塊を放つ!
 「舐めるなぁぁああっっっ!!」
 それを交わし、左手のナイフを投擲しながら刺突の構えで砂上とは思えない勢いでフィルへ突っ込む!!
 飛来するナイフを半身で交わし、突っ込んでくる勢いにあわせるように飛びずさり、剣の切っ先が服を僅かに切り裂く瞬間。
 「舐めてるんだよおっさん!!」
 思いきり左足を蹴り上げ、剣の軌道を逸らす!そのまま左に流れる剣筋を尻目に右のダガーを左胸目掛け突き出す!だが切っ先が僅かにめり込んだ所で弾かれ…
 「ガキがいきがるんじゃねぇっ!」
 ヘリオスが咄嗟に剣を放し、空いた両腕でフィルの伸びきった右腕を素早く掴みそのまま投げ飛ばす!
 受身で叩きつけられる勢いを殺し、そのまま無理な体勢でダガーを放つもあっさりと避けられる。
 (さて、ここらで終わらせるかねぇ…ククッ。)
 地面に尻をつけたまま、無様に後ずさりながら口の中で呪文を唱える。
 「ま、待てよおっさん?ここは穏便に、な、な?」
 「死ねよ…。」
 ゆっくりと、見せ付けるように剣を拾い上げ、振りかぶるヘリオス!
 「じゃあな…。」
 「ああ、先に地獄で待ってなよおっさん!」
 不敵に笑うフィルを最後の悪あがきだと無視し、剣を振り下ろそうと…
 「!?がぁっ!!」
 突然両足を襲う激痛に呻き声を上げながら倒れこむ!その両足には何時の間にか複数の蟲が食らいついていた。
 蟲に対応する暇を与えてたまるか、と飛び起きざまにヘリオスに襲い掛かり首目掛けダガーを走らせる!
 「っ!が、ガキが…図に乗るなぁ!」
 両足の激痛に歯を食いしばりながらも左腕をナイフに差出し、首を庇う!勢い良く腕に刺さったナイフを引き抜く手間も惜しみ、素早く手放し左手のダガーで間髪いれずに襲い掛かる!
 「死にぞこないが!とっとと逝けよ!」
 襲い来るヘリオスの右腕を上体を大きく右に逸らし、崩れる体勢のまま勢いに乗ったダガーがヘリオスの首筋に突き刺さる!夥しい量の血がビュッ、ビュッと吹き出し周辺を朱に染める。返り血を気にせずそのまま右にダガーを捻り、更に傷口を広げる!
 ヘリオスが僅かに呻き声を上げ、右拳をフィルに突き出さんと腕を振り上げ……事切れる。
 「…フゥ。ちぃっとヤバかったな。とどめとどめっ、と…。」
 ナイフを首から引き抜き、そのまま心臓へと勢い良く突き立て、捻る。脈が完全に停止している事を確認し、
 「んじゃま、アイツらの援護でもしてやっかね。」
 未だ闘っている子供達の元へと駆け出して行った。

 そして、数十分後。
 そこに立っているのは二十人程の少年少女達だけであった。 


襲撃も、一応の成功を飾り、フィルはこちらの状況の確認を近くにいた少年に聞く。
 「こっちの被害はどーなってる?」
 「ラーガが腕を切られ、アインとヤツを庇ったレインが殺られた。その他は切り傷が大小…さすがに被害ゼロは無理だったみたいだ。」
 フェインの報告を聞き、考え込み、
 「で、ラーガは?」
 「あっちで止血させている。右肘からバッサリさ…。」
 気落ちした声色で答えるフェインの肩をポン、と叩き、
 「おーけー。んじゃ治療手伝ってくっから、お前らはめぼしい首とブツを集めとけ。アイン等は……マゼの郊外にでも墓ぁ、建ててやる。」
 「ああ…わかったよ。」
 腕を切られたというラーガの様子を見に行くのであった。

 「おい、生きてるかぁ?」
 「ああ、とりあえず……マジで痛ぇぞチクショー…。」
 作業に没頭する仲間を尻目に、応急処置の済んだラーガの様子を診るフィル。
 「ん〜…この切り口だと違和感は残るだろーが、腕くっつけられっ!?!?」
 途端にラーガが襟元を掴み、フィルを前後に激しくシェイクする
 「今すぐ治せさァ治せやれ治せ治すのだコンチクショウさぁぶべらっ!?」
 「てめぇ…いっぺんマジで死ねっ!!」
 荒い息とともに、負傷者であることもお構いなしと言わんばかりに必殺の右回し蹴りがラーガを砂上に沈めた。そして落ちているラーガの腕を拾い上げ、切り口にあてがうと同時に詠唱を始める。
 「…………ほい、ついたぜ。ったく、そんだけ減らず口叩けるなら大丈夫だとは思うが、当分は右腕動かすなよ。」
 腕が切断された痕を指でなぞり、添え木と包帯で固定してやる。へ〜いという気の抜けた返事を聞き流しながらさっさとその場を離れるフィルであった。
 ヘリオス達との死闘から更に、数十分後。
 やらぬよりマシ、とどす黒く変色した血と砂の塊を簡単な穴を掘って埋め、蟲達の食い残しや文字通りの賞金首を除き、全て荼毘に付していた。
 灰と化し、大地へと還ってゆくそれらを見ながら、
 「さて、と。これからの手筈は解ってるな?」
 「「「「「「「「「「「はい(うん、おう)」」」」」」」」」」」
 「よし、んじゃ解散!」
 散り散りになる仲間を見やり、一息つく。
 これからが大変だ。屍龍が幹部消失の痛手から立ち直る前にザゲル諸共葬り去らねばならないのだから。フィルも自分のやっていることの無謀さは解っている。だが、やらねばならない。一刻も早くセシルを探し出す元手を手っ取り早く入手する為にも…。
 

 さて、こちらはナッデス遺跡。
 「…それは本当か!?」
 「へい、確かでやす。コーネリアスの隊は『スコーピアス』に討伐され、ヨーレムの隊はどこぞの賞金稼ぎどもに根こそぎ、そしてヘリオスのダンナからも念話球の定時連絡がありやせん。ボス、ちょっとまずいんじゃないですかい?」
 「う…ぬぅ。連絡が来ないと思っていれば、やはりか…!」
 意外にも早く、ヘリオス達の異変は伝わっていた。裏こそとれてないが、次々と幹部クラスの盗賊達が討ち取られたらしい、という情報が子飼の情報屋スフィルからもたらされたのだ。
 (今ここに残ってるので使えそうなのは…ガスとアリュー位か。ち、乗っ取りを防ぐための策が仇になっちまったか…。)
 「ガスとアリューに伝達。今この遺跡にいるクズ共はお前等で仕切れ、反論は許さん。それから警戒体制の強化、トラップを全て発動させろ。以上だ。」
 「へいっ。」
 すっ飛んでいくスフィルには目もくれず、男は今何が起こっているのかを推論する。一人二人はともかく、こうも同時に幹部が消されるとなると明らかに異常事態だ。
 (ストレシア騎士団が本腰入れた、か?しかし奴等が賞金稼ぎ共と連携を取るとは考えにくい…。)
 考えれば考える程わからない。そのまま思考の海へ沈み行く「屍龍」総頭目ザゲルであった。

 さて、その頃。ザゲルに伝令を頼まれた筈のスフィルは遺跡の東端部にいた。
 彼は周囲を油断なく見回し、誰もいない事を確認、懐から念話球を取りだし、小声でボソボソと話し始める。
 「…小僧、聞こえるか?」
 『……ああ、おやっさんか。手筈はどーなってる?』
 「予定通り伝えるまでもなく、奴さんは知ってたようだが。暫くは指揮系統や統率に問題が生じるだろうが、精々数日しかもたねぇ。どうすんだ?」
 オドオドした様子で年下の少年に尋ねる中年男。
 『なぁに、今そっちに「蟲」の群れを向かわせている。そいつらがカタをつけてくれるさ。食われたくなきゃアンタは北から早く逃げな。』
 「ああ。」
 会話を終えたスフィルはドゥカラに飛び乗り、そのまま北へと向かい姿を消した。

 「……フゥ。後は人事を尽くして天命を待つ、ってか?」
 念話を終え、脱ぎ捨てた血塗れの服の山に球を放り投げる。一人オアシスで水浴びをする少年の周囲は、既に夜の帳が下り辺りにはフィル以外の気配はない。体を流れ落ちる水の冷たさに僅かに震えながら、
 (さて……蟲どもは後半時程で着くな。精々食い荒らしてもらいてぇモンだな。ザゲルの首でも残っていたら万万歳ってか。)
 そう都合よくいくとは流石に思わないものの、自分の希望的観測に苦笑してしまうフィル。
 体を拭き、血で汚れた服はそのままに新しい服をザックから取り出し、着替える。昼の襲撃でナイフを幾つか失ったものの、まだ彼には魔術という強力な武器がある。何も問題はないはずだ。そう、何も…。
 (さって、一眠りすっか。……うし、制御解除っと。精々暴れてくれよ?)
 最低限の指示の後、蟲を己の制御から外し毛布に包まり眠りにつくフィルだった。

 そして……夜明け前。
 フィルはナッデス遺跡の見える位置まで来ていた。
 「さ〜てっと。出番だぜ、チビスケ。」


 時間は少し遡る。
 
 「くっそ、こいつらキリがねぇよぉっ!いくらツブしても沸いてきやがるっ!」
 「泣き言ほざいてる暇あんなら一匹でも殺せ!!」
 遺跡はまさに地獄絵図と化していた。周囲に響く蟲の鳴き声、悲鳴、咀嚼音。
 絶え間なく響く音に負けぬよう、もう残り少なくなった男達の怒号が屋内に響き渡る。
 「っチ!おい。」
 「なんっ、!?ダンナッ、ギャァぁああ!!」
 突き飛ばされた男にたちまち群がる蟲。そして、
 「ベルンの名の元に願い請うは氷精の恵みっ、我が手に集え、アイスジャベリン!」
 容赦なく男ごと氷柱で蟲を殲滅する。更に、
 「ベルンの名において生み出すは極寒の障壁、其は全てを遮る物…フリージングウォール!」
 部屋の入り口を氷壁で完全に塞ぐ。その様子を恐れと怒りの目で見ていた男達に振りかえり、
 「文句のあるやつァ、前に出ろ!蟲に食われる前に俺が氷漬けにしてやる。」
 今、この場にいる者を率いているのはガスでもアリューでもなく、氷壁の通り名で知られるベルンという男。スフィルからの伝達がなかったために、人を人と思わぬその残虐さで有名なベルンが彼らを率いていた。
  誰も前に出ないのを見て取り、ベルンは鼻を鳴らし、さっさと奥へと引き返していく。男達が頷きあい、目配せした事に気づかずに。
 「!!お前等…ェホっ!!」
 「もう、コレ以上あんたにはついていけねぇ…。」
 血を吐き、己を害した男達を凄まじい視線で睨み据えながら、全身から生える刀身を己が最後の光景とし地に沈むベルン。
 すかさずその首を切り落とし、声高に叫ぶ一人の男。 
 「氷壁のベルンはこのアリューが殺した!よって今からお前等は俺の指示に従ってもらう。文句のある奴は蟲どもを駆逐してからにしろ。沈黙は了解とみなすぞ?」
 遠くから聞こえる剣戟と魔術の爆発音だけが辺りを支配する。
 「よし、ここには蟲はもう入って来れない。まずはお頭の所へ行く。お前等、遅れるなよ!!」
 
 ちょうどその頃。
 時折襲いかかる蟲を鞭で苦もなく粉砕しながらザゲルは通路を歩いていた。
 「っち、何処のどいつか知らねぇが随分手の込んだマネをしてくれる…。」
 リーダー格の構成員の抹殺、そして間を置かずに無数の蟲によるここへの無差別波状攻撃。遺跡東からの蟲の第一陣は辛うじて退けたものの、気の緩んだ隙に突如途中から現れた第二陣により戦力を分断され、ナッデスは半壊滅状態にまで追いこまれていた。更に戦力の分散を見計らったかのように西からも蟲が襲撃…この場所がもう長く持たないのは火を見るよりも明らかとなっていた。
 一見余裕にも見えるザゲルの態度にも焦りが滲み出している。そこへ、
 「お頭!!」
 「お頭っ、無事でしたか!?」
 アリュー達が通路の奥から駆け寄って来た。あれから幾人かは蟲との攻防により欠けてはいたものの、未だ十数人はいる男達の間からアリューが進み出る。
 「その首は?」
 「今までの報いってやつです。こいつは仲間を殺しすぎやしたからね…。後で金にでも替えましょうや。」
 事も無げにアリューは言い放ち、
 「そんな事よりもこれはどういう事で?念話球が使えない所為で分断・各個撃破の嵐ですぜ。コーネリアスさんがいないから最初はベルンが指揮してたんですが…。」
 「待て。」
 そこでザゲルが遮る。
 「スフィルからは何も聞いていないのか?月が昇る頃には伝達に向かわせたはずだぞ。」
 「おかしいですね。俺達の所へは来てないハズですが…お前等?」
 後ろの男達も肩を竦める・首を横に振るといって否定的な仕草を取っている。
 「(成る程…ヤツも一枚噛んでいたってことか…。)いない奴は放っておけ。それよりもここは放棄する。」
 「ナッデスを捨てるんですかい?」
 「ここは有名になり過ぎた…丁度潮時でもある。他の連中には例の場所で、とだけ伝えろ。」
 大きく頷き、
 「わかりやした。ここを捨て、あそこで再起を図るって事ですね。おい!」
 幾人かに指示を出し、自らも伝令として走り去るアリューを見送り、ザゲルは残る男達を引き連れ南西方向へと遺跡を進みだした。

 
 (もう少しで蒔き終わるな…。んでもって効果が現れるのは数十分てとこか。)
 ナッデスの上で飛びまわる炎を見ながら内心で呟く。炎の正体は以前古道具屋で見つけた短剣に宿っていた炎の妖精で、剣から開放することを条件に幻覚剤「シトドゥイ」の散布を引き受けさせたのだった。
 頼んでから彼自身の炎で袋ごと幻覚剤を焼き尽くしはしないかと気付いたものの、何事もなく茶色がかった粉末が降り注いでいることから、どうやら杞憂だったらしい。
 やがて、小さな人型がすぐ側に舞い降りて来た。
 「約束どーり、ちゃんと遺跡一帯まんべんなく蒔いてきたよ。さ、早く早くっ!」
  急かす妖精にりょーかいと答え、砂上の短剣に右手を翳し詠唱を始める。
 「我断つは鋼の絆、いと固くも脆き糸なり…オース・リリース。」
 深紅だった刃が、その色を錆色へと変化を遂げる。
 「…およ?縛られてる感じがなくなったよ♪ありがとっ!!」
 お礼を言うが早いか、あっと言う間に飛び去って行く妖精。もう、微かに残る熱気のみが彼が確かにそこにいたことを教えているのみであった。
 「よっぽど嬉しかったのか?…まぁいい、結界張ってからもう少し待つか。」
 風で幻覚剤が吹き散らされないよう、最低限の結界を遺跡全体に張り巡らせ、そして静かに待つフィルであった。
 
 それから、しばらくして。
 無数の肉片と蟲の死体が散らばる遺跡を、少年は歩いていた。死体の殆どは原型を留めない程食い荒らされ、同時に強烈な臭いを放っている。口にハンカチを巻きつけてはいるものの、薄い布程度ではとてもじゃないが防ぎきれない異臭に顔を顰め、ただひたすらにザゲルが居るであろう奥へと進む。
 遠くで、悲鳴が聞こえる。それも一つではなく、同時に複数。
 (おかしーな…?もう蟲は引き上げたハズだが…確認してみるか。)
 そして遺跡南西部で少年が見たものは…異形のモノだった。周囲一面に飛び散る血と体の様々な部位の中、ソレは居た。
 「…ゴーレムなのか……?」
 フィルが戸惑うのも無理はなかった。成人男性より頭二つ分小さいその全身を構成する先鋭的なフォルム、そしてこちらをジッと捉えている頭部に光る赤い単眼。両腕は剣と一体化した形、そして血の滴るその刀身の中央にはスリットが走る。
 (コイツは……ヤバイ!!)
 じりじりと、すり足で遺跡へと後退する。そんなフィルを何をするでもなく、ただ観察していたゴーレムが突如上空を仰ぎ、その目を蒼に変え、
 「んなっ!?飛行するゴーレムだと!?」
 飛んだ。文字通り空中に浮んだのだ。鈍重の代名詞とも言えるゴーレムが、蒼い光をたなびかせながら軽快に空中を飛び去る様に声もなく、ただバカのように口をあんぐりと開け、見送るだけのフィルであった。

 
 「ブラザーも無駄な事、ほんっと好きだねェ〜。」
 「無駄とは失礼な。人間どもへの影響の限りなく少ない局面でBstの運用テストをしただけの事です。ちゃんと意味はありますよ。」
 ナッデスの遥か上空。浮遊する巨大な鎌の柄に座り、黒尽くめの男が己の相棒と話している。
 「実際無駄だらけジャン?あんときの牛嗾けた事に始まり、今回の蟲のコントロール引き継ぎ、ついでにゴーレム・タイプBstまで持ち出してしょーねんの支援、その他諸々…普段のブラザーならただ見てるだけだぜ?あれくらいで死ぬならそれまでです、とか言いながらさぁ?ンン?」
 やたら楽しそうに問い詰める相棒――大鎌イラクィ・サムト。とある古代語で魂狩りという、物騒な銘を持つ割には非常にノリの軽い喋る武器――にやや憮然としながらも男、イツァークが答える。
 「彼にはまだまだ生きてもらわねばなりませんのでね。将来的には私をも凌駕するほどのなってもらいます。」
 「したらさぁ、直接ブラザーが教えた方がいいんじゃねーの?そのほーがてっとり早いじゃんけ?」
 「……貴方、自分の嫌いな人の言う事聞きます?」
 ため息と共に相棒に問うイツァーク。
 「聞かんっ!んでもって何ほざくんじゃヴォケェ、と切り刻むっ!」
 対して鎌は自身満々に、エッヘン!と胸を張って威張る様子が目に浮ぶほどの声色で答える。
 「…………まぁ、そういうことです。我々のことを偏見や逆恨みで見るようなことがなくなれば接触します。」
 「あ〜〜〜〜…そゆこと。しょーねんを力でねじ伏せたって面従腹背、本末転倒。俺らの目的がたっせー出来んちゅーことかい。」
 「そーゆーことです。彼は自身の目の色を憎悪すらしている節がありますから、ヘタに私が接触できないんですよね…。」
 魔術で、遥か下のフェルベルトの様子を観察しながら、呟く。幸か不幸か、先ほどゴーレムに惨殺させた中にはザゲルも居たようで、フィルは周囲を警戒しながらも他幹部の首共々回収し、塩壷に漬け込んでいた。
 「しっかし、あんな穴だらけの作戦をよくもまー実行したモンだねぃホント。ミーとブラザーがフォローしなきゃ今ごろおっ死んじまってるよあのボクは。」
 と、完全に見下した口調の相棒を諌めながら、これからの予定を脳内で吟味する魔族の青年であった。

 それから幾許かの時が過ぎて…。

 日も昇りきらぬマゼの朝、フェルベルトはとある隊商の馬車の中にいた(もっとも、馬車を引くのはドゥカラだが)。すぐ横にはロブが鼾をかきながら爆睡中。別れ際にどうしてもと文字通り泣きついてきたので、仕方なく連れてきたのだ。
 馬車が揺れ始め、徐々にマゼが遠のいていく。残してきた連中の事が気にならないでもないが、したたかな彼らの事だ。余程の事がない限り大丈夫だろう。物思いにふける少年をよそに馬車はストレシアの広大な砂漠を進んでゆくのであった。

 『…………。』
 「ええ、予想外の結果でしたが上手くいきましたよ。まさかあんな子供が…。」
 『…。』
 「あぁ、大丈夫です。私が手を下すまでもなく彼の情報は既に裏に流れていますよ。情報屋など信じるからこうなるんです、彼には良い経験となったでしょう。」
 『…………?』
 「放置の方針で。たかが子供一人に何を怯えなさるので?今回の件は偶然に偶然が重なっただけです。…もういいですか?そろそろ説法の時間ですので。」
 『…!!!』
 念話球をテーブルに仕舞い、かわりに聖書を取り出したその人物は…
 (さて…これから彼はどう生きてゆくんですかね…ねぇ、フェルベルト君?)
 カルファス=ドゥケス、その人であった。




<続く>