ネヴィル&アリアドネ番外:【もう一度HIDE AND SEEK】




 愛は僕を裏切った。
 優しさなんてどこにもない。
 あの日を忘れろというのなら天にだって背いて生きる。

 死ぬのは怖くない。

 きっと貴方を道連れにする。





[きっと誰よりうまく]



 かくれんぼは得意だった。
 誰も僕を見つけられなかった。
 森の中の村。
 うまく隠れるのは好きだった。
 そうすれば、来てくれる。

「…ィ。…アーリィ?」

 ほら心配そうに僕を呼びにきた貴方の声。

 茂みの中でじっと待つ。

「アーリィ!」
「…えへ」
 夕暮れが迫っていた。
 怒ろうとした手は、自分があまりに嬉しそうにするからいきおいをなくして、しかたないなという顔をする。
「……かくれんぼがうまいな。アーリィは」
「だろ?」
「でも父さんまで心配させないでくれないか?」
「覚えてたら」
「おい」
「大丈夫。きっと悪魔にだって見つからないよ」
 やれやれと僕を見る瞳。
 うまく隠れるのが好き。
 そうしたらかくれんぼの友達は疲れて家に帰って、そして父さんが探しにきてくれる。
 興味をひくように何度も難しい場所に隠れた。
 見つけてくれるかな?
 今度は呆れて帰っちゃう?
 だって、ここは狭い村だから。
 すぐお腹空かせて帰ってくるだろう。
 そう思って帰らないで。
 見つけにきて、呼んで。

 父さんの名前はアカネア・マリア・テイラー。
 母さんのところにお婿さんにきた、って言っても小さな有翼人だけの村だけど。
 二つ隣の家には父さんのお兄さんが住んでいる。
 サティス・ガールゴートという名前。父さんは白い翼。サティス叔父さんも白い翼。
 従姉妹のルキアさんも白い翼。

 夕暮れの帰り。
 手をつないで、何度も聞いてみる。
「父さん。僕、ちゃんと父さんの子供?」
「アーリィはまたそれかい?私はよほど信用がないんだね」
「違うってば。だって」
「おかしいことじゃないよ。両親と全然違う色の翼の子だっているんだから。アーリィは半分こだよ?私と母さんの」

 僕は、片羽根が赤い翼。片羽根が白。

 なんだか不格好で、結構この頃は気にした。
 そのたびに父さんは頭をなでて言う。

 半分こだよ。



「…うん」




 アルマース・マリア・テイラー。6歳。
 従兄弟のネヴィル・ガールゴートが2歳の時。
 ネヴィルのお姉さんのルキアは年上だったから「ルキアさん」って呼ぶ。
 でも、かくれんぼはルキアさんより得意。
 きっと、ネヴィルよりもうまいよ。





「あれ、アカネア。アーリィ君やっと見つかったの?」
「兄さん…。そんな楽しそうな顔で言われても困るな…」
「だってアーリィ…アルマース君ってかくれんぼうまいけどうっかり別の森に行っちゃわないかなーって」
「だったらなんでそう楽しそうなんだ…」
「だってもうお互いの息子自慢くらいしか兄弟の会話がないじゃない」
「娘はいいのか?」
「ルキアはどこの家の子より丈夫だと思うな」
「ネヴィルはおとなしい子に育つことを祈るよ…」
「無理じゃない?僕似っぽいから」
「……自慢?」
「アカネアも自慢すれば?アーリィ君アカネアそっくりだよ?」
「まあ、可愛げのあるなしでは似てるな」
 サティスがむっとする。
「それ言外にアカネアはかわいげがあって僕にはないって言ってる?」
「兄さんが可愛げのある子供だったら世界が終わってる」
「…ひどい」
 アルマースはアカネアの背中で寝ている。
 玄関から小さな頭が顔を出した。
「……アルマちゃん寝てる?」
「おやネヴィル」
「あれどうしたのネヴィル?」
「おとーさん。おかーさんが呼んでる」
「ああ、はいはい」
 行ってしまうサティス。
 見送ってから。
「寝てる?」
「うん。アルマは寝てる」
「そう…」
「ネヴィルはお父さんそっくりの翼の色だね?」
「……うん。でも父さんはちょっと青みがかってて」
「…アルマもなんどもきかなくっても、何色でも私にそっくりなのに…。
 ネヴィルもホントは赤い翼がよかったかな?」
「…?」
「私達のお母さん…君のおばあちゃんか綺麗な赤い翼だったんだよ」


 この時、アカネアは本当に純粋な気持ちで『赤い翼がよかったかな』と言った。
 後の事件さえなければそれが気味の悪い響きを持つこともなかったかもしれない。
 どちらにせよ、赤い夕日が目に焼き付いて、ネヴィルは前後の会話を忘れてしまっていた。まだ2歳の子供だ。その言葉だけ覚えていただけでもすごかった。
 その日は、まだジギルハインの村が平和だった頃の夕暮れ。





【育つ雑草】





 ネヴィル10歳。

「アルマちゃん見つけた!」
「えっ…ヴィー早いよ……」
「早いって…後一人だよ?」
 14歳になったアルマースは、それでもかくれんぼが好きだった。
「あと……誰?」
「モーナ。多分ぼけぼけしてるからどっかに落っこちてる」
「…モノみたいに……まあモナシスはそうかも」
 モナシスとは幼馴染みの女の子だ。
「……あれ?」
 やはり夕暮れの中だった。
「…サティス叔父さん?」
「ぶっらぶっらゆっれる〜草〜の中〜僕は箱船〜」
「…またなんか歌ってるよヴィー」
「…………父さん……草と箱船関係ない……」
 関わりたくない。でも突っ込むネヴィル。
「ややっ! ネヴィルとアーリィ君」
「そんな大仰にややっ、とか言われたくない…」
「いやいや…今の僕は草むしり奉行なのだよ」
「ぶぎょう?」
「いやー……母さんに草むしりしろって言われちゃってねー」
「やればいいじゃん叔父さん」
「簡単に言うなあ。雑草は根っこからちゃんと抜かないとまたどんどん育つんだぞ?
 それが難しいんだ…叔父さんよく葉だけむしっちゃうし…」
「……あ、父さん」
「おや…ネヴィルにアーリィ。どうし………兄さんか……」
「なにそれアカネアひっど! ショック!」
「その年で臆面もなく“ショック”とか叫べる兄さんの神経の方を疑うよ私は…」
「あ、そっだ。アカネアやって。うまいでしょ草取り!」
「なんで………」
「お兄さんの命令」
「…………………」
 アカネア、視線で二人の子供に“やれやれ”。



「……兄さんは変なとこが不器用だね」
「いやいや常に不器用」
「自分で言わない……。嘘だ。みんな私より上手だろう」
「なんのことやら」
「……そうやって逃げるのは狡い」
 ↑草むしり中。


「…………、あ、アカネア。それ雑草じゃないって。そんな一心不乱にぶちぶちやんなくていいよー」
「……………兄さんは」
「え?」
「そういうことない?」
「なにが?」
「小さな時、とか…蟻の群潰して遊ぶの…」
「………そういえば、アカネアって一心不乱だよねそういう一つに集中した時って」
「……………そうじゃなくて………なんだろう。
 楽しくなるんだよ。…ぷちって…簡単に命を殺せる手が……」
「………、アカネア」
 立ち上がったサティスがぽんとその背中を叩く。
「……お前は、深入りするなよ」

「…自滅する」

 手を離して、背を向ける白い翼。向けられたのも白い翼。
 向けて去っていくのは少し、青のかかった白。
 青い鳥に似ている。手に入らないのにちらちらと…うらやんで…邪魔な。
 鳥。


「…………」

 アカネアの手に蝶が止まった。
 綺麗な色の。

「あ、アカネアさ…」

 かけられた声にも気付かず、手で蝶を覆う。
 優しく、逃がさないように、潰して。
 液体が潰れる感触が遠い。




 ああ、なんて。





 ふらりと帰っていくその背中を黙って見送ってから、黒髪の男は呟く。


「…………そのまま行くんは……地獄や思うで…アカネアさん。
 ……サティスも、まだ見足りんと思うか……」








[見つからないHIDE AND SEEK]



 光で目が眩んで、なにも見えない。
 火が、燃えてる。
 赤い。赤い。
 血。
 怖い。
 いつものように隠れて、父さんを待った。
 ここにいなさいね。
 父さんは言った。
 でも、燃えて、血が散る。
 ネヴィルは、ルキアさんは、叔父さんは、母さんはどこ。



 ずっと待つよ。
 待つから、いつも見たいに来て。
 見つけて。見つけたよって言って、笑って、お父さん…。








 赤い色。



 僕を見つけたのは人間。翼狩り。

 殺されると思ったけど、翼の色が珍しいから生かして連れて行くと言われた。
 森が、燃える。
 遊んだ小屋も、隠れた茂みも。もう、ない。


「……父さんは?」
「…は?お前の?しらねーな」
「白い、真っ白い翼の…」
「………白い」
 翼狩りの男に聞いても、やっぱりわからないか。
 殺されたんだろうか。
 お父さん。


「ああ、それ。テイラーとかって名前のやつ?」

「……それ。僕の父さん!」
「じゃあご愁傷様だな」
「……?」
「…俺達手引きしたの、そのテイラーって奴だって聞いたぜ」




 言葉がよみがえる。
 昔の、父さんの声。



「隠れてるものを見つけるのは…楽しいんだよね」











 998年。

「……マ?アルマ」
「……ああ、はい」
 僕は夢から覚めて返事をした。
 椅子に座っているのは人間の老婦人。
 翼狩りにそのまま生かして連れて行かれた僕は、貴族に気に入られて買われることになった。
 別に、楽な事だ。
 買った奴は子供もいない老婦人で、小鳥が逃げてしまったから側にいて欲しいって言う。
 その程度の願いをきいて大人しくしてやって、それで綺麗な服もなにもかも買ってもらえるなら楽な話だ。
「ねえアルマ…。本当の私の子供になってくれる?」
「……ええ。喜んで。夫人」
「ああ嬉しいわ………誰もいないの。私が死ぬ時は手を握っていてね」
「はい。かならず」
「…ありがとう貴方はいい子ね…。私が死んだら…」
「死んだら…?」
「死んだら私を捨てたあの人も遺産欲しさに戻ってくるんだわ…そんなことさせない。私の財産は全部貴方にあげるんだもの…」
「そんな……死ぬなんて悲しいこと言わないで下さい。僕は貴方に生きて笑って欲しいんです」
「…ああ、本当に優しい子ね…アルマ」


 可哀想な人。
 愛情に飢えて買った子供にだから注いで。
 でも。



「……夫人。…外に行きませんか?」
「外?」
「はい。庭に」


 貴族の庭だ。広い。
 そこに咲き乱れる青い花。
 夫人はずっと家の中にこもっていて、僕が連れ出さないと出てこない。
「……これは」
「夫人が大好きだって言った花です。夫人に咲いたところ見せようと思って内緒にしてたんです」
「……ああ。本当に…優しい子ね」
「………優しいのは…夫人です」





 見つからないかくれんぼ。
 父さんはもう来ない。



 それなら僕が探しに行こう。
 もう一度かくれんぼ。
 貴方を見つけて、裏切った愛も優しさも返してあげる。

 あの日を忘れはしない。

 死ぬのは決して怖くない。

 だって、その時は父さん。

 貴方も連れて行く。





「アルマ」


 だけど今は、まだこのまま。
 彼女の甘い優しさにつかっていよう。
 死ぬはずだった僕を、助けてくれたのは彼女だから。





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−参照−用語・キャラクター等関連ML(〜3066 時点)


 アカネア=マリア=テイラー(旧姓:アカネア=ゲイトルード)
 ―――――『2797/アリアドネ−1[こわれもの−1]』
 ―――――『2842/アリアドネ−6(きみのたたかいのうた〈986年〉−9)』
 ―――――『2863/アイム 73(閑話・きみのたたかいのうた(986年)−14)』
 ―――――『2867/アリアドネ−8(きみのたたかいのうた〈986年〉−15)』
 ―――――『2942/アリアドネ−10[悪魔の紫]』


 鈴村蝶子
 ―――――『2938/鈴村蝶子《第一話 かくてゲームは幕を開ける》』初出。



 サティス=ガールゴート(旧姓:サティス=ゲイトルード)
 ―――――『3027/ネヴィル−69−幕間−【さよなら青い鳥】』


 ルキア=ガールゴート
 ―――――『2708/ネヴィル−34−幕間−【誰かの悪夢】』


 アルマース=マリア=テイラー
 ―――――『3068/《鈴村蝶子 第七話 “約束”の禁忌》閑話−禁忌−蝶子Side−2』




 百花です。氷崎さんとの合作。
【】のかっこのタイトルが私。[]が氷崎さん。
 番外でリレーは初めてです。
 交互に送りっこ…。
 ブランがジギルハイン村ネタを書いてくれたので触発され…。

 でもこれのためにアカネアの出たMLを探していたら…ろくなことしてないな叔父さん……。災害ばっかり…。絶対イトレッドさんには恨まれてる…。
 というか恨む人は多いのに好きな人が少ない…。