風季



【1】

 ぼんやりとした薄暗がりのなかを少年は漂っていた。周りには無数の薄い膜で出来

た球体が浮かんでいる。

 球体は大半が濁り汚らしい。透き通ったものは小さく儚い。

 少年はそのうちの一つに近寄り中を覗き込む。

 ああ、これは夢なのだな。と少年は思った。中に移りこんでいるのは自分だ。幼い

ころの自分・・。

 少年は無意識のうちに球体の手を添える。脆いそれは破片を散らせ砕けた。

 

【2】

 周りの景色はいつのまにか彼の故郷のものへと変わっていた。

 

 

「なんで、いつもそれを着てるんだ?」

 リーダーの子供が一番幼い子供に聞いた。それとは幼い子供が着ている身丈ほどの

外套のこと。外套のしたの服も詰め襟で露出もない。

 リーダー分の子供の名前は風季。幼い子供の名は零。

「んとね・・、ぼくにおばあちゃんがいつも着てなさいっていったの。だからだ

よ。」

 ニコニコと外套を着た零はいう。

「ふうん。じゃあさ、それを脱いでみろよ。そうしないともう遊んでやらない。」

「でもね、おばあちゃんが駄目って言ってたよ・・?ね?」

 夢をみている少年の幼い姿に零は同意を求める。

「うん、そーだよ。ふうき兄(にい)ちゃん。おこられちゃうよ。」

 少年も言う。

「遊びたくないのか?」

「ふぇえ・・絶対内緒だよ、ないしょだよ?」

「ああ。」

 現在の少年は目と耳を閉ざした。この先どうなるのかは知っている。この後どうな

るのかも知ってる。これが帰ることが出来ないことも知ってしまった・・。

 ザワッッッ

 少年が目を閉ざしても耳を閉ざしてもこれは夢で、言葉が映像が流れ込んでくる。

「何だよッ・・ソレ!」

 少年の友達の一人が叫んだ。

 零の背中から生えているのは翼。有翼人の証だ。けれど彼らのような鳥の翼の形で

はない。

 黒いボロ布のような翼で合計4つの刺のようなものがあった。翼は零にはまだ大き

いらしく地べたを這っている。

 

「? 羽だよ? もういいよね? あそぼ。」

 そのうちに一人の少年が嗚咽の声をあげ始め、泣き出した。

「秋、どうしたの? 」

 少年は泣きはじめたプリーストの息子に声をかける。

「どこか、いたいの?」

 零も秋に手を伸ばす。

 パシと乾いた音があがった。

「?」「!」「!?」

「よ、よるな! その羽はアクマじゃないか! 父さんに教えてもらったんだ、アク

マは悪いんだっ! 寄るな!」

「ぼくはアクマじゃないよ。零だよ。」

 秋の声を聞き大人が駆けつける。

 そして、零の方を見て同じようなことを言うんだ。

 悪魔だ・・・・黒い翼・・・・・バケモノ・・・・・どれも違うのにそう言って友

達をつれて去っていく。

 最後に残ったのは少年と零と風季。子供たちの中で一番年の高い風季にはなぜ零の

祖母が外套を着せていたのかよく分かった。

「零、雷。俺は友達だからな。」

 そう言って風季は二人の頭を撫ぜ帰って行った。

「バイバ〜イ、風季兄ぃ〜!・・零!帰ろ。」

 幼い二人の子供は家に向かってかけて行った。

【3】

「今日ねぇ、あき兄ちゃんが泣いちゃったんだよ。」

「おや、それはどうして?」

「んと・・零のはねをっ・・・・・」

 祖母に零の言葉の続きをいおうとして少年は慌てて口に手を当てた。

「まさか・・・、外套を脱いだの!?」

 祖母の驚きように少年と零は飛び上がった。

「・・ごめんなさい・・」

「だって・・・」

「・・起きてしまったことは仕方がないから・・・」

 彼女は口癖を言った。

 黒い髪と薄茶色の翼、緑色の眼を持った大好きな祖母を落胆させてしまった。それ

が分かり零と少年は自分がなさけなく思えた。

「いつかはこうなる筈だったんですから。」

 彼女はそうつぶやいた。

【4】

 零と少年は太陽が再び上がったころに出かけた。

「風季兄ぃ〜!」

「兄ぃ〜。」

 黒い髪と黒い目をもった子供の家の前で彼の名前を呼ぶ。

 引き戸がカラカラと音を立てて開く。

「風季兄! 今日は何して遊ぶ?」

 少年は風季に向かって聞く。

「今日は遊べない。」

「じゃあ明日あそぼ?」

 零が言う。

「明日も遊べない。」

「「じゃあ・・・・・」」

「もう二度と遊ばないよ。お前たちは・・・・・悪魔なんだから。俺はもう友達じゃ

ない。」

 風季はいつもの人好きのする笑顔なんか微塵も感じさせない目で言った。そして後

ろを向くと引き戸を勢いよく閉めた。

「でもっ・・」

「兄っ・・」

 

 風季は次の日ラジアハンドに越していった。

 

 現在の少年の司会が徐々に白くなっていく。

【5】

 

「夢見最悪・・。」

 少年の長く伸びた髪が肩から落ちてほうをくすぐる。 

 今考えれば分かる。

 風季は庇ってくれたのだ。風紀の父は気性が激しく型にはまらないことを嫌がっ

た。風季があのままでいれば零は父にいい顔をされなかっただろう。

 それにあのときの彼は顔に昨日にはなかった無数の傷があった。

 

 彼は本当に・・・

「馬鹿だよな。自分ばっかりそんしてさ。」

 

 今度また18歳になったあいつにあったらそう言ってやろう。

 姉のいる宿の部屋と仕切る壁を背に赤い翼の少年は心から微笑んだ。