マッドサイエンティスト『猫化大作戦』



起床時刻。

それは、浅緋にとって最も恐ろしい瞬間でもある。

そう、特に寝坊してしまったときなどは。

薄暗い部屋の中、一筋の光が浅緋の顔を照らす。眩しさからか、浅緋は微妙に顔をゆ

がめ――目を見開いた。大慌てで飛び起きると、既に起床時刻を大幅に過ぎている。

太陽も高く、また通常の起床時刻ならば遊びに来るはずの鳥達もしびれをきらしてい

なくなっていた。

さあ、と一気に顔から血の気がなくなった。

アイツガクル……ボクハ実験台ニサレル

咄嗟に左眼を押さえて辺りを見回す。とりあえず、彼女の姿はなかった。だからと

いって気を抜くわけにはいかない。

用心深く立ち上がると、寝巻きを急いで着替えて足を忍ばせる。とりあえず、外に気

配はなし。それでも用心するに、こしたことはない。あいつは興味対象を得るためな

らば、平気で常人の域を超えるからである。片手に絃を構え、一気に扉を開け放つ。

「っっ!」

一歩足を踏み出した途端、壁の一部が割れ浅緋の方向へ倒れてくる。慌てず騒がず

(いつものことである)構えていた絃で切断し、バックステップで上手に避ける。

「今回は……これだけ、かな?」

ヘタに横に避けた場合、何かありそうだが。

慎重に罠らしきものを避けるようにして食堂へよ降りる。

――――浅緋は絶句した。

猫。

猫。

猫。

猫。……

それだけなら、まだ許せる。この村にそこまで猫はいなかったはずだが……とりあえ

ずは納得が可能。だが。

そこにいたのは。

――顔が猫だったり(猫面人)、体が猫だったり(人面猫)、4本の足だけ人のもの

だったりとわけのわからないものたちで溢れ返っていたのだ。

「どひいいぃいいぃ!??」

思わず目の前に広がる凄惨な光景から目を逸らす。人面猫の顔には見覚えがあるもの

ばかりだったのである。

「浅緋〜」

「空耳、空耳……」

聞き覚えのあるような声を発したような気もするが、気のせいに決まっている。まさ

か……まさかカナリの声ではありえない。

「ねえ、浅緋姉ちゃんってば」

「いくらあいつでも自分の妹とかにそんな仕打ちは……」

「シェンリン姉ちゃんならするに決まってるよ」

シェンリン、の言葉に露骨に反応する浅緋。恐る恐るその人面猫の方を振り向くと。

「やっとこっち見てくれたあ」

三毛猫の体に無邪気の微笑むカナリの顔がくっついていた。ちゃんと周囲を見回す

と、ごつい体にトラネコの顔をのっけた青年や、気品のあるシャムネコの体に、やわ

らかい笑みを浮かべた村長の奥さん。

だが、やはりシャンリンの姿はなかった。とりあえず、安堵の溜息をついたが。

「あ、浅緋」

「げ」

「やだあ、浅緋ってば遅く起きたわね。ちゃんと皆の朝食に混ぜておいたのよ、猫に

なる薬。ちなみに、今回の作戦は『猫化大作戦』」 「猫化、大作戦……」

シェンリンの言葉に顔が青ざめ、ただ、今回の元凶である作戦名を口の中で反復す

る。

(お、遅く起きてよかった……)

たまにはいい事もあるものである。そんな気持ちを知ってしらずか、シェンリンは一

向に悪びれない様子で続ける。

「でも、完璧な猫になるはずだったのに。ちょっとおかしいわよねえ。ってことで、

この薬は失敗作の中に放りこんどかなきゃ」

(どうせ、ほとんど失敗作しか作れないくせに)

もちろん、恐ろしくてそんなこと口には出せないが。

「でねえ、本当は後からでも浅緋に飲ませようと思ってたんだけどね、失敗作ってわ

かった以上意味ないじゃない。だから、解毒剤の作成を手伝って欲しいの」

にっこり微笑む。断れば――死。あるいは、この薬をのまされたまま永遠にそのまま

か。

「一応、補佐としてワイズも連れてって頂戴」

シェンリンの陰に隠れていた、正確には、シェンリンによってぐるぐる巻きで縛られ

ていた少年を前に押し出す。

くせっ毛の金髪の間から、猫耳がはみだしていた。碧眼の瞳には、涙が浮かんでい

る。どうやら効き目が薄かったのか、ワイズだけは獣人のような感じになっているら

しい。普段ならば、嫌なことは絶対に引き受けない浅緋もシェンリン相手ならば話は

別だった。

――死、どころどはない、恐ろしき実験台の刑。ちなみに、経験済み。慌てて寸前で

逃げ出したけど。

手渡されたワイズをぐるぐる巻きにしていた縄を持ち、浅緋は背中に琵琶を背負いな

おす。まだ、使い始めてからそんなに時間がたっていないため、慣れていないのであ

る。ようやくできた覚悟を失くさないように静かに息を吐いて気合を入れなおした。

行くしかない。

浅緋は泣きそうなワイズに縄をほどき、代わりに細剣を渡す。にこやかな笑みを浮か

べて、シェンリンが片手に旅行用のザックを浅緋とワイズに押し付けた。

「必要なものは全部入ってるわ。材料のリストと事典もね。じゃ、行ってらっしゃ

い」

シェンリンの圧力と、村の人々の厚い期待におされるようにして、ワイズと浅緋は村

を出た。

-----------------------------------------------------------

続きます。

ついに登場、恐ろしき次女(笑

兄弟までも、餌食にします。こんなもの、誰か読んでくださるんでしょうか(汗