:::オリヴィア外伝ー1:::



このラジアハンド国に初めて他国出身の最高位騎士が誕生した。
私はその盛大な称号授与式に出席をした。
「なぜクラリアット出身の彼が最高位騎士なのだ?」
「いったいどうやってビショップ様の懐にはいったのだ?えらいお気に入りだと聞く。」
「この先あの最高位騎士様がどうなるのか?見物だ。」
そんな話が貴族の列席者の間で口々に言われていた。
私は王室警護隊の隊長としてやはり正装をして出席をしていた。
「アルトゥール殿。あなたはこの人事をいかがお思いですか?
あなたは仮にも最高位騎士の候補に上がったことのある方ではありませんか。」
隣でやけに顔をにやつかせながら式典を見ていた人物、
トロス警備副隊長が私に小声で聞いてきた。
「私は確かに候補に上がったことはありますが、
それがなぜ私に人事の意見を聞く理由になるのです?トロス殿。」
私は少し固い表情をしてトロス殿に返した。
「不必要な意見は相変わらず致しませぬな。アルトゥール王室警護隊長殿。」
私は何故隣がこの男になったのか、本来なら隣に立つべき方に不服を言いたかった。
「ラジール殿はいかがされた?」
このラジール殿というのはこの城壁内つまり城下街を警護する騎士隊の隊長をしていた。
貴族でありながら、豪傑な方で私は好きだった。
「ラジール様は謹慎中ですよ。
最高位騎士選考会で賄賂を受け取った事が密かに露見しましてね。
今までの業績と人柄でクビにはなりませんでしたがね。
アルトゥール様は選考会を出席なさっていたのでしょう?
御存知なかったのですか?豪傑さだけが売りでしたのにねー。」
個人的に好きだったので、ショックだった。
しかし平静を保つことがなんとか出来た。私は知らなかった。
いや、そんな事があれば出席していた私が知らないことなど決してありえないのだ。
だからそれはきっと王とビショップ殿あと、
選考会監査役の間だけで処理されたものだろう。
しかし王宮内一の情報通トロス殿は
まるでそのことを知らない私が遅れているかのように言った。
なにか話せばこうして人を馬鹿にしたかのような言い方をする男だった。
私は新しく最高位騎士となったルンド殿見つめた。
ラジアハンドの紋がしっかりと付けられ
最高位騎士しか身に付けることの出来ない鎧に身を包み、
この異例とも言われる人事に不和を唱える貴族達をしっかり見据えていた。
私はこの堂々たる態度と崩されることのない忠誠心が滲みでている新しい最高位騎士に、
この場では不謹慎ではあったが笑みが零れた。
あの最高位騎士殿はこの王宮で何を成すのか、
王宮の中で成長してきた私にとっては楽しみが一つ増えたというものだった。
「私は彼が立派に務めを果たすと思いますよ。
あの瞳は堅実と誠実に溢れていますからね。私やトロス殿とは違って……。」
私はルンド殿を見つめたまま言った。
その独り言のようなつぶやきにトロス殿は珍しそうな視線をしているのが解った。
それだけ私はこの王宮の中で不用な意見は言っていなかったのだ。
「私はともかく、アルトゥール様は堅実ではないのですか?皆そう思っていますが?」
トロス殿はニヤリと笑う。
「トロス殿はいろいろ御存知の方だ。私がどんな人間か御存知でしょう?」
私はやはりここではそう返して口を閉ざした。
私の好意でトロス殿に不適な笑みを送り返した。
「さすが、宮廷の申し子ですな。
あの堅物そうな最高位騎士様とは違うと言う訳ですか。」
この授与式の後、王を含め王室の方々とビショップであられるレイチェル殿が
新しい最高位騎士ルンド殿を迎える非公式の食事会が行われた。



私は公務でこの食事会の会場にいた。
王はこの堅実なルンド殿が大層気に入ったようで、食事会中笑顔が絶えなかった。
「我が王宮はいかがかなルンド殿。最高位騎士の公務は広い。
いろいろ大変だろが王宮のために尽くしてくれ。」
ルンド殿は、はいと力強くうなずき返していた。
この食事会の間レイチェル殿とルンド殿の間で特別に会話は交わされなかった。
「ルンド様はクラリアットには未練はございませんの?」
そう興味を持って話かけたのはエリーザ王女だった。
最高位騎士ともなればラジアハンド国の人間として迎えられる。
それはクラリアットを遠ざけるということでもあり、
骨をもこの地に埋めても厭わないということになる。
この堅実なルンド・カヌート殿のことだ。
この称号を受けた時から意志は決まっているも当然。
王女の質問など、愚問というものだろう。
「はい。ございません。」
そう短く答える。王は嬉しそうに頷いていた。
レイチェル殿だけがどこか、心配そうに見ている。
「王宮は沢山の人間が働いている。
その中にはワシには介入し得ない問題がいろいろとある。
皆に好かれろとは申さぬ、最高位騎士である威厳だけは保っていただきたい。」
我が王にもその問題がどのようなものなのか理解し得ないながら、
この王宮で渦巻いている問題は肌で感じていらっしゃるのだろう。
「そしてルンド殿、ここにいる王室警護隊隊長のオリヴィア・アルトゥールには、
ワシや王女達も公式、非公式問わずいろいろ世話になっている。
この男は貴族ではあるがワシが信用のおける少ない人間だ。
しかもこの王宮で働いている年数も長い。
何か相談のし難い問題があれば、オリヴィアに相談するとよい。」
私は光栄にもそう紹介された。初めてルンド殿と目が合う。
その時チラッとレイチェル殿に視線を移し、
真実なのか問うかのよなしぐさを微かにした。
すぐに視線は私の方へ戻ってきた。
「今後、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。」
ルンド殿はそう挨拶をした。堅い表情はやはり崩れることはなかった。
「私の方こそ、よろしくお願いします。」
そう無難に笑顔でその場で騎士道に則って礼をした。
食事会も終わり、私は休憩を兼ねほとんど食事に手を付けていなかったルンド殿を
食事に誘おうと思った。
王室の方々がいなくなった部屋で
レイチェル殿と何か話していたので少し部屋の外で待ってみることにする。
堅苦しい正装の襟のつめを外しやたらと重いマントを外し、
近くにいた女中に公務室にいる者に渡してもらうよう頼んだ。
数分待っているとレイチェル殿が姿を現し、にこやかな笑顔を私に見せ離れていった。
すぐにルンド殿が出てきて私に気が付いた。
「食事をご一緒に致しませんか?」
私の申し入れに少し何か考えてはいたが、一緒に食事をすることになった。




最高位騎士の公務室にはもう一人の最高位騎士グレッタがいて、
一人仕事をこなしていた。
グレッタ殿は私とルンド殿に気がつき一時手を止める。
「これはオリヴィアさん。久しぶりじゃないですか?」
確かに久しぶりである。お互いこの所は忙しかったせいだ。
「今ルンド殿を食事に誘ったところなんだ。」
一人黙々とマントを外し必要以上に付いている装飾を外し片付けはじめた。
「なら、ここでどうです?調度仕事にも飽きていたんですよ。」
そうグレッタが言うと、黙々と片付けていたルンド殿が手をとめジロリと視線を送った。
早くもこの二人はそれなりに仲良く仕事をしていることがその仕草でわかった。
私は苦笑してグレッタに言った。
「大人しく仕事をした方がいいようだね。私達は食堂に行って食べるよ。」
「………。また今度一緒に食事でも行きましょう。オリヴィアさん。」
グレッタは悲しそうに席に着きノロノロと筆を動かし始めた。
「お待たせしました。」
ルンド殿は公務用の洋服に着替えていた。今日は公務がないと聞いていたが、
城の中にいるからにはこの洋服なのだろうか?
本当に堅実なお人だと感心してしまう。
私とルンド殿が部屋を出ようとするとグレッタが言った。
「ルンドにこの王宮でのイロハを教えてやってください。」
そう言われても私だって手を焼いていることなのに簡単には無理な話だった。
「今度の食事代をそっちで持ってくれるのなら考えとくよ。」
手を上げ挨拶をして部屋を出る。グレッタも笑顔で答えてくれた。
食堂は一応階級によって部屋が違っていた。人数を分散させるためではあるのだろうが、
わざわざ食堂で食事をする官僚はそういなかった。
だから食堂は以外に居心地が良い所でもある。
「初めてこの食堂には来ました。」
そう言ってルンド殿は見渡していた。
「嫌いな某お方は来ないし、仕事は持ち込まなくてすむし、
なにより出来たての料理が食べられますから。」
私は食堂の良い所をそう伝えた。昼食の時間外で全く人は見当たらない。
私は手馴れたように、料理を頼み待つことにする。
ルンド殿には私と同じもので平気だろうか?
「食事の好みや嫌いなものは?」
「特にはありません。」
私はいつものようにパンの間にいろいろな食材が挟んである
サンドイッチというものをたのんだ。
しばらくするとおいしそうなサンドイッチの盛り合わせが運ばれてきて
丁寧にカップに紅茶などを注いで行った。
「ラジアハンドの生活は慣れましたか?ルンド殿。」
私はこのルンド殿は個人的には好きだった。
私は決然と自分を持っている人が好きだし、堅実は悪くはない。
・・・少々頭が堅いだけの話である。
「本当に信仰深い国です。街で昼の祈りに出くわした時はこの国が怖くなりました。」
私はニコニコと営業用の笑顔を最初は見せて
第一印象ぐらいはいいものにしようとしたが、やめた。
私は挑戦的になって聞いてみる。おもしろそうだ。
「この国が難攻不落の意味を御存知ですか?」
ルンド殿は私を警戒した。私はニコリと微笑み警戒に堅くなるルンド殿に言った。
「その信仰の深さです。この国は信仰で繋がっています。
信仰心に、あるまじないを掛けると結束に固められた軍隊が出来ます。
神のためなら命すら差し出す。」
ルンド殿は恐れることなく真っ直ぐ私を見ている。
「クラリアットとは大分事情が違うということですか?」
「大分違いますね。そしてあなたはビショップ様と同様、信仰の対象となるのです。」
「最高位騎士はもっと違う物だと聞いています。」
「王は国のトップであり、権力は絶大であることは当然であり、
国民は重々招致しています。
そしてビショップ様は王に次いでの権力者であることは確かです。
ここで違いが一つ。
王はあくまでもその国のトップであり国民と同じ“人”でありますが、
ビショップ様は秘密性が高く
表舞台に出てくることは余りなく国民も拝見する機会は、ないに等しい。
ここで姿の見えない莫大な力と権力を持つビショップ様は国民の中では理想化がされる。
膨らむ理想の中でビショップ様は神的存在となる訳です。
どうです?まさに理想に膨らむビショップ様にお願いをされたら?
まちがいなくイチコロでしょう。
そして最高位騎士様もこのラジアハンドの象徴的存在です。
騎士の中の騎士であり、ビショップ様と同様に、
騎士である力と権力に溢れ輝いているのですから。私の話を信じますか?」
私はルンド殿の反応を見てみる。
「解りました。そういう事情があることは胆に銘じます。」
ルンド殿は素直にうなずく。しかしそれだけではなかった。
「しかし、最高位騎士としての仕事はあります。
それをこなし務めをまっとうするまでです。この国に忠誠を誓ったのですから。」
“この国に忠誠を誓った。”そんな響きがとても新鮮に聞こえた。
この国の意志は誰のモノであるのか、少し考えれば解った。
「では、私はその堂々たる威厳を保った仕事ぶりを見せてもらいます。楽しみです。」
私は益々ルンド殿が好きになった。
「アルトゥール殿はなぜそんなに挑戦的なのですか?」
私は見透かされた様に言われ、
自分だけで盛りあがっている滑稽さにおかしくなって笑った。
ルンド殿は目を白黒させていた。
「あはははは。これは失礼。気を悪くなさらないでください。私の悪い癖です。」
ルンド殿はサンドイッチをほお張り食べ出した。
「クラリアットは薄味の地方ですし、特に手を加えないで挟むだけの
このサンドイッチは気に入ってもらえたのではないですか?」
私もほお張る。
「はい。クラリアットが薄味であることをよく御存知ですね。」
「私は王宮だけで生きているように思われていますが、
他国への興味が誰よりもあると自信がありましてね。
文献だけはよく読むのですが、今だ外国へは行けずじまいです。」
「それはこの国がアルトゥール殿をどこかへやりたくないということでしょうか?」
ルンド殿はテンポよくサンドイッチを片付けていく。
「さあ、どうでしょう?
もう20代も後半に入って外国の一つも行けないなんて、悲しいものですよ。」
「クラリアットは平野に広がる国です。
そのため水田も多く米や麦を多く輸出するほどです。
その水田や麦畑で見た、一面夕日に輝く畑は文献に書き表せないほど美しいものです。
クラリアットに行くことがありましたら、是非見てください。」
ルンド殿はその情景を思い出しているのか、優しい表情をした。私はドキリとした。
私にはそんな表情が出来るようなものをこのラジアハンドで見たことがあるだろうか?
「私は必ず世界を見にいきます。どんなに歳をとってからでも。
これでも一度しようとしたのですが、失敗でした。
その失敗が尾を引いているのでしょう。この城下街を出るのも一苦労です。」
「なぜそこまで世界を?」
「ラジアハンドを好きになるため…でしょうか?
こんなことはそうそう誰にも言えませんが、私はこの国が嫌いです。」
「??なぜです?アルトゥール殿は
この国の王宮で堅実に尽力を尽くしていると聞きました。」
ルンド殿は興味を示してきてくれているようだ。
「私にはたった一人弟がいます。」
「アルトゥール家には嫡男が一人だけと聞いていましたが、勘違いでしたか?」
「いえ、間違いではありませんが、
私には弟です。いずれ一緒に家で過ごすつもりです。」
「すみませんが、どうも解りません。」
「私は一度家を飛び出したことがあります。
その時ある事情で竜人らしき小さな子供を助けるつもりが助けられました。」
「竜人!??」
「その子は身よりがなく酔狂な金持ちに売られる運命でしたので、
私はいつも欲しかった兄弟として連れて帰ろうと誓いました。」
「本当に竜人なのですか?」
「ええ。特徴はすべて備えていましたから。
で、私は今後のために弟を連れて家に帰りましたが、
家では大騒ぎになりとても認めてもらえる状況ではなくなりました。
再び弟を連れて家を逃げだし有る家に預けて私一人家に帰りました。毎日顔をだしたり、
二人だけの家で遊んだりしていましたが、
弟は塞ぎ込むようになりました。この国の国民は彼を奇異の目で見ていたのです。
痣だらけの時もありました。
その時に私はこの国が嫌いになりました。」
「………。そうですか。しかしお嫌いなのに、
どうしてそこまでこの王宮で働けるのですか?」
「それは……まだ秘密にしときましょう。
まだ初対面ですし、これは私だけの決意みたいのものですから。」
ルンド殿はおあずけをくらったように少し残念そうだったが、追求はしてこなかった。
「ただ、これは言えます。
私はそんな慈善家でも、王宮に尽くしている訳ではないということです。」
私はまた、挑戦的微笑んだ。ルンド殿は私をじっと見つめては何か考えていた。
私はサンドイッチや紅茶をすべて平らげ、ルンド殿に言った。
「そろそろ仕事に戻ります。
私の一方的な話になってしまいましたが、許してください。」
そう言って席を立ち公務室に帰ることにする。
ルンド殿はもう少しここに残ると言うので、一人で帰ることになった。
帰る間際にルンド殿は席を立ち私に言った。
「また、食事に誘ってください。」
その言葉にうれしくなった。どうやら嫌われずにすんだらしい。
「今度グレッタも一緒に行きましょう。」
私はルンドにはそう言って別れた。
そして数年後わたしは外交官となり、いろんな国、街を見ることが出来ることになった。
王宮にいることも少なくなり、
ルンド殿やグレッタに会うことは少なくなってしまったがなんとかやっている。




そしてさらに数年後現在、
私はビショップ様が主催の舞会に合わせて王宮に帰ってきていた。
公務室で今までの報告書の整理をし、
舞会に合わせて作られる衣装の採寸などをしながら各国に訪問する要項を思い浮かべ
どうやって周るか考えていた。気が付いたら採寸は終わり呆れ顔で秘書に見られていた。
この秘書というのが、また堅い頭で
私より歳の多い分なにかと世話を焼いてくる男なのだが、彼の話は今度にしよう。
「考えはまとまりましたでしょうか?アルトゥール様。
出来るだけ早くお願いします。手配を済ませなければならないことがありますので。」
また口やかましく急かされる。私は適当な事を言って公務室を出る。
長期外国訪問の後この王宮に帰ってくると、
最高位騎士の部屋へ挨拶に行くのが外交官になってからの習慣となっていた。
舞会の準備も最高潮になり、
いつもは割と静かなこの廊下も針子や生地を抱えて歩く職人などが通りすぎる。
目的地に近づく前に真白な青年とすれ違った。思わず振り返り確認をしてしまった。
間違いない白子だった。
なぜこの城に白子が!??と思わずにはいられなかった。
誰だ?白子はまだこの国ではタブーのはず。あの青年にも嫌な思いをするに違いない。
そんなことよりなぜ白子があんな飄々と歩き回っているのか解らなかった。
長くは生きられないと読んだことがあるのに…
「???」
私は青年が廊下を曲がるまで見送っていたが、答えは出なかった。
誰だ呼んだのは?と考えるが、私にはビショップ様の客であり白子のタブーの元となった
ステンダー領の愛しいアーリン嬢の友人であり、
ここでの世話を彼女がしていることなど解りもしなかった。
私は目的の部屋の前で思わず足を止めた。
なにやら部屋の中では女性の黄色い声が飛び交っているではないか。
さすが、歴史上最年少の最高位騎士様たちだ。ドアをノックしてみる。反応はない。
中の声に掻き消されているのだろうか?
もう一度ノックをした。しかし反応がない。私は頭にきて勝手に中に入ることにした。
見事に針子や生地職人たちに埋まっていた。
衣装はほぼ完成し、細かな直しだけのようだ。
私はその光景をソファに座って見守ることにする。
ゆうに数十分は女性の声と時々グレッタの声でうまり、
私の存在など全く気が付かれなかったが、
ルンド殿がソファに座る私に気が付き声を発しようとしたが、
私は手で止める仕草をした。
彼女達の仕事の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
半分は困っているルンド殿を見ていたかったというのもある。
ようやく開放されたのはさらに数十分後だった。
ルンド殿は疲れて窓の所で外の空気を吸っている。そうとう密室感があったのあろう。
私はおもわずクスクスと笑ってしまった。
その声にようやくグレッタが私に気が付き駆け寄ってきた。
「帰ってきていましたか。
さすがにビショップ殿下の主催舞会ではオリヴィアさんも出席するんですね。」
グレッタはソファに腰を下ろし話かけてきた。
「ようやく気が付いたか。
ここに来る前にちょっと驚くモノを見たよ。誰の客かい?白子を見たんだ。」
ルンド殿が窓際で私の言葉に反応をしていた。
グレッタがルンド殿の代わりのように話をしだした。
「レイチェル殿下のお客様だそうです。正直俺も驚きました。
もーいろいろやらかしてくれて……。
ルンドは怒り出すし俺は胃が痛くなる思いで。
それにエーリックも加わっていたんですから。」
私は思わず声を大きくして聞いてしまった。
「エーリックって、もしかしてエーリック・ステンダーか?」
私も当然虐待の話を聞いていたし、何処かに消えたことも人伝手できいていたが…。
騎士であったころの数々の問題もやはり聞いていたので苦笑をしてしまった。
何度か見たことがあるが小生意気そうなガキだったことは憶えている。
「ええ。この舞会にもステンダー卿と共に出席するそうです。
王宮に帰ってくるのでしょう。その挨拶代わりみたいなものです。」
そう言ってグレッタは笑顔になった。
騎士で戻ってくるのなら当然
このグレッタやルンド殿の下に着く可能性は高くなるというのに。
私の記憶するエーリック・ステンダーでは始末書を膨らませる元凶になり、
仕事を増やされる元となるはずなのだが、グレッタは笑った。
「はー、いろいろ伝説を作った山猿が帰ってくるのか。
よかったじゃないかグレッタ。」
確かにグレッタが心配していたことは知っていたが、
帰ってくれば帰ってきたで、また心配するのだろうなーと思ったが言わなかった。
ただ私はエーリックが外交官と共に周る騎士にならないことを祈るだけだ。
ステンダーの世継ぎならその可能性も低いが。
「ええ。」
私はしばらくここで仕事をせずに油を売った。
秘書が直々に迎えにくるまでルンド殿とも談話を楽しんだ。
いろいろとこの先もあるだろうが、私は外交官になっても変わらず付き合ってくれる
ルンド殿やグレッタに感謝しつつ、
思惑渦巻く舞会へとなるのだが、エリーザ王女に内密の使いがあったり、
身長も伸び面構えも山猿とは思えない面をしているエーリックを見たり、
白子の青年がアーリンの友人であることに驚いたりするのは、もう少し先のことである。
「ラジアハンドを少しはお好きになりましたか?オリヴィアさん。」
ルンド殿にグレッタの影響とはいえ、
親しみのある名前の呼び方をしてくれたことに驚きながら答えた。
「まだまだかな。」
そう笑顔で私は答えた。