潤剣クォート


 薄暗い天井から降る淡い光、生まれて初めて見た新たな感覚、
『見る』ということ。
「気が付いたか?」
いきなり隣からしわがれた声がした。
『見る』とそこにはドワーフと呼ばれる洞窟に住むといわれている
妖精がいた。
(ドワーフ?!・・・なぜ私はそんな事を知っているのだろう?
『私』とは、なんなのだ?)
「それが『思う』ということ、
次に『思った』ことは『考える』ということだよ。
これからはその感覚がずっとある、今まで持っていなかったものだから
『混乱』するのも無理はない」
と、ドワーフは言った。
(何を言っているのか私は分からない・・・いや、『分かる』のだが
・・・『分からない』)
「それを『混乱』と言うのだよ・・・そうそう、お前にまだ名前を付けてい
なかったな、・・・『クォート』なんてどうだ?」
長い手を石をも簡単に砕きそうな顎へとやる。
これはたしか『考える』という仕草だ。
「お前は物作りに長けた一族『ドワーフ』である私によって
『無い』ところから作られた『在る』という『存在』を受けた
『剣』という『武器』だよ、『潤剣クォート』」
(私は何でここに在る?)
「『存在理由』か? お前は我々と友好を結んでいる『カヌート家』に
友好を続ける『印』として譲る為に在るのだよ」
そして頼りがいがありそうな頑丈な手が私を大事そうに掴むと持ち上げた。
「それだけ『自我』があるのなら大丈夫そうだな、お前は『完成品』だよ」
そう言うとドワーフは私を抱えながら
淡い光からより強い光の方へと歩き始めた・・・


 「これを貴家との友好の印に貴家にお納めします、
名前は『潤剣クォート』です」
そう言ってドワーフは私を『人間』という種族に手渡した。
「確かに受け取りました、私たちは貴方がたとこれからも
双方の納品にかけて友好を続けることを我々の神に誓いましょう」
すると今度はドワーフが口を開いた。
「我々も誓います、貴家『カヌート』と友好を結び続けることを・・・」
こうして私は生まれた場所、
ドワーフ達から離れて『カヌート家』へ納められた。


 カヌート家では私は丁重な歓迎を受けた。
カヌート家というのはどうやら『礼』を重んじる家柄らしい、
歓迎の仕方がそれを克明に物語っていた。
その歓迎が終わり、
私は私のために用意されたと思われる部屋に安置された。
それから数年が経ち、私も随分と周りというか私を取り巻く世界
というものが分かってきた。

私の名前は『潤剣クォート』
潤剣といわれるのは、私の身体の刃という部分がドワーフの仕上げの
魔法的な行程によって永遠に続くかららしい。
しかし、ドワーフは私に『自我』をも与えた。
私に自我があることはどうやらカヌート家の者は
誰一人として知らないようだ、
私と話そうとしないことからそれが自然と分かった。
ここに安置される時に人間がこぼした話からだと、自我を持つ
ドワーフが作った品はドワーフの中でも傑作の品ということだ。
それまで知らなかったが私は傑作の品らしい
・・・相当ドワーフ達はこの家との関係を大事に思っているようだ。
私自身のことも段々分かってきた。
私は『見る』『聞く』『話す』が出来るようだ、ただし話しても
人間には聞くことが出来ないことも分かった。
『道具の話を聞く』ということはドワーフにしか出来ないことらしい。
それが分かると私は急に虚しくなった。
私は寡黙という訳ではないのだ。
それ以来私は話すことは元より見ることも聞くこともしなくなっていた。
私の周りに静寂が永く訪れた・・・





 「初めてお目に掛ります『潤剣クォート』! 
僕はカヌート家の当主『スヴェン』の二番目の息子、
『ルンド』という者です!!」
永い眠りについていた私は耳元で(私の人で言う耳という器官は
身体全体に当たる、目も同様だ)そう大きい声で言われて跳ね起きた。
(決して実際に跳ねたわけではない、身体は自分の意志では
動かせないのだ)
声の主は5〜6歳位だろうか、
(カヌート家の者は口調から判断するのは難しい)
その方を見やるとやはり予想通り子供がこちらを興味津々に見つめていた。

(見るのも聞くのも久しぶりだ、
相当永く眠っていたような気がする・・・)
思わずそう言った。 
聞こえないのは分かっていたが自我を持つことの懐かしさについ心揺れた。
しかし、目の前にいる子供は私を驚愕させる反応を示した。
「へぇ、それほど長い時間眠っていたんですか」
(!! お前は私の話が聞こえるのか?!)
「え? はい、もちろん聞こえますけど・・・」
(・・・驚いた。
ドワーフとの様に自由に会話を楽しめる日は
もう来ないかと思っていたが・・・)
「どうかしたんですか?」
心配そうにルンドという子供は私を見上げる。
(いや、何でもない。
・・・ところで何でお前は私の言葉が分かる?)
不思議に思って聞いてみた。
その言葉を受けて子供は困ったような表情をする。
「さあ、何ででしょう? 僕にも分からないです
・・・何となく貴方が寂しそうに見えたから声をかけてみました」
 
・・・おかしな奴だ、だがこれで暫くは退屈しないで済みそうだ。


 それからのルンドとの生活は以前と比べてよっぽど楽しかった。
時にはルンドの失敗談を聞いて大声で笑い、
時には彼が家の者の誰にも言えないようなささやかな悩みにじっくり
応じてやったりとまるで母親のようなことまでやっている自分がいた。
そんな楽しいことはつまらない時間に比べ何倍も早く過ぎてしまうらしく、
いつの間にか7年という月日が流れていた。
楽しい日々の終わりは突然訪れた。
「・・・『潤剣クォート』
最近貴方の声が私には聞こえにくいのだが何故だろう?」
私のすぐとなりで膝をかかえたルンドが思い切ったように私に問いかけた。
遂に来たか、という気がした。
7年の間に分かった事だが、私と会話が出来なくなるということは、
大人になるということでそれはルンドがもう精神的に子供を卒業しそうだ
ということを意味していた。
喜ぶべき事だったが、私には素直に喜ぶことは到底無理なようだ。
私が返事をしないのでルンドも悟ったようだ、もう私と語り合うことは
出来ないと・・・
沈黙が辺りを支配する。
不意にルンドが口を開いた。
「クォート、貴方と話せるうちに言っておきたいことがあったんだ
・・・ここ以外の世界を見たくはないか?」
突然何を言い出すんだ、と私は驚いたが
彼の目を見ると本気だということがよく分かった。
確かにここ以外の世界を見て回るのは私の夢だが・・・
(しかし、私はお前達の家とドワーフとを結ぶ大切な納品の片品だぞ。
私が急にいなくなればお前の家族はおろか族単位で迷惑がかかるんだぞ、
もっとよく考えてからものを言うがいい)
情けないが自分に重くのし掛かる責任に押しつぶされ、
脚色された発言になってしまった。
「・・・そうだったな、すまない」
残念そうに部屋を後にするルンドは、もうそれきり
私の前には現れなかった・・・


 バタンッ!!

ドアが開く大きな音で目が覚めた。
(!! 久しぶりだな、お前に会うのも・・・)
ドアを開けた人物は
私が最もドアを開けることを望んだ人物、ルンドだった。
もう体つきも最後にあった時とは比べものにならないくらいに
成長していた。
表情を見ると、
私と久しぶりに会ったということ以上の嬉しさがあるようだ。
頬がらしくもなく紅潮している。
「クォート! 許しが出たぞ! 
今日執り行う半世紀に一度のカヌート家とドワーフ達との
新たな『友好の儀』が終わったら貴方は自由の身だ!」
(本当か!)
「本当だとも!」
勿論私の声がルンドに聞こえている訳ではない、が本当に
私の声に反応して話してくれているようで私は嬉しかった。
「友好の儀が終わったら早速旅に出よう! 
貴方も私も知らない世界が視界一杯に広がるぞ!!」
今まで見た中で一番のルンドの興奮の仕様に、私はなにやら
自分が自由になれるということ以上に
彼がとても嬉しそうなのに対して嬉しくなった。
『言葉』という伝達方法が無い今でもこんなに
自然と『会話』が出来るというのは知らなかった。
今度は言うべき言葉をはっきりと言える、ルンドの気持ちに
まっすぐに答えてやれた。
(よし、行こう! 共にまだ見ぬ世界へ!!)
こうして私はルンドと共に世界を見る長い永い旅へと旅立ったのだった。