▲▽ルシーなアプフェル!▽▲





「人生って、驚きの連続だよね!!」

 という言葉を、どこかの誰かが言っていたのを思い出した。
 最近驚くことはあまりなかったが、過去を振り返れば結構そういうことがあった。
 静かで平和なごく普通の森の中。そこにぽつんと湧き出ている泉に、くちば しをつけて水を飲んでいるそいつを木にもたれてぼーっと眺めながら、彼は“そうい うこと”を思い出していた。
 そして、とある出来事を思い出したとたん、自分でも表情が半ば引きつった のを感じた。
「(そういえば、そういうこともあったような…)」
 決して悪い思い出ではないが…かといって良いというわけでもなさそうだ。
「(…アプフェル…)」
 泉で水を飲むそいつ…淡い紫の羽毛を持つ巨大な鳥か竜に見えるが、実は世界 でも屈指の実力を誇る魔獣…の名前を胸中で呟き、次にため息を一つ。
「(あれは…ちょっとやりすぎでしょう…?)」
 見ればそいつは泉の中に魚でも発見したのか、ばしゃばしゃ水しぶきをたて ながら、くちばしで泉をつついている。
 …その度に『くぇっ!』と鳴き声がするのがまた可愛らしい。
 魔力を操る獣を総称して魔獣というらしいが…アプフェルは全く魔獣らしく ない。
 そいつが魔力を使って何をするかというと、普段は空を飛ぶことぐらいしか しない。ルシーは非常にその恩恵に与ってはいるが…人を乗せて空を飛ぶぐら いドラゴンにでも出来る。こう書くとドラゴンマスターの方々にかなり失礼だ が…
「(しかし、あんなに戦いに向いていない外見をしていても、いざという時に は強力な味方になりますし…)」
 アプフェルが傍にいるだけで、そこらじゅうを徘徊している魔物はルシーに は近付いてこなくなる。ついでに野盗もアプフェルを警戒して滅多に襲ってこ ない。
「(複雑な奴ですねぇ…)」
 どうして彼は、素直に「アプフェル!お前はなんていい奴だ!!」…と思え ないのかが不思議だが…
「(しかしまたどうしてあんなことを…はぁ…)」
 ………。
 とりあえず、“そういうこと”を一部始終思い出したルシー。
「(……………本当に妙な出来事…)」
 ドッペルゲンガーの存在を信じるに足る…かもしれない、ルシーとアプフェルの面 白おかしい…と思う旅の一場面を、どうぞ見ていって欲しい。


 ルシーがアプフェルに出会ったのは彼が18歳の時。森の中で偶然…偶然出会った のが運の尽きで、その後ずーーーーーっと今に至るまで行動を共にしている。
 共通した目的があるからこそアプフェルがルシーに付いて行っているのであって、 そういうことでもない限り、曲がりなりにも『魔獣』が人間と共にいるなどというこ とはあり得ない。
 …まぁ、アプフェルが世間一般で言う『魔獣』に見えるかどうかは別にして。
 それから3年後のこと。
 二人はとある山間の、小さな街にさしかかった。
「…街…です」
『…街…だねぇ…』
 人通りの殆ど無い道の上で、二人はそう互いに呟く。
「…どうしましょうか…?」
『どうしましょうか、って?」
「いつもの通り、あなたは人目のつかないところで待機」
『やだ』
「即答ですか…しかしですよ?あなたが街に入れば…考えるだけでも恐ろしい厄災の 数々がこの街に降りかかって…あぁ恐ろしい」
『………ルシー…相当疲れてる?』
「…ほんの冗談です」
『恥ずかしくない?』
「…結構…とても…かなり…」
『…はぁ』
「あなたねぇ…見かけがまるっきり鳥なんですから、ため息をつかないでくれません か?」
『…僕は魔獣だって!』
「いや、分かってはいるんですけど…」
 …などと、こんな道の上で他愛の無い会話を続ける二人。
 いつの間にか本題がどこかに行ってしまうというのはよくあることである。こいつ らに教師は務まらないだろうと思いつつ、次へ進む。
『僕はやだからね。一人で待ってるのって、結構退屈なんだよ?』
「しかし、先程言いましたけど、あなたが街に入ると大騒ぎになることは確かですよ ?」
『う〜…それはそうだけどさぁ…』
 ここまで来て、ルシーにとある考えが浮かぶ。
「では、こうしましょう!どこかのサーカスの団員で、派遣されてきたビーストマス ターとその動物ということで…大道芸人という手もありますよ?」
 これは名案!と付け加える。
『…いつからそんなキャラになったのさ…ルシー…』
「…人は移り変わるものなんですよ」
『その割には進歩してないんじゃないの?』
「………放っといてください」
 ここで再び、アプフェルはあからさまなため息をつく。
『無意味な会話だね』
「…それを言ってはおしまいですよ。大体今までに言葉を話す全ての存在が交わした 会話で、有意味なものは一体どれだけあるというんですか?必要最低限の会話しか意 味がないというのなら、今までに話したことのおよそ9.7割は無意味だと思います よ?」
『どういう基準なのさ…』
「どこかで聞きましたけど、人間は、「お腹すいた」とだけ言うことが出来れば生き ていけるそうです」
『……………どこで聞いた話なのさ…』
 アプフェルをつれて街に入るか、それとも外に待たせておくかでもめている二人だ が…
 既に話題があらぬ方向へ行っているのに気付いていないのだろうか…?このままで は本当に漫才コンビになってしまいかねない。
「…とにかく!あなたが街に入ると何かとややこしいんですから、いつもどおり私が 街で情報収集、あなたは人目に付かないところで待機!分かりましたね!?」
『…たまには交代しない…?』
「………」
 アプフェルの、もはや冗談と取ることの出来ない言葉。それにルシーは無言で答 え…なかった。
「くどいですよ?」
『………』
 とりあえず、彼が出来る限りの「鋭い視線」というものでアプフェルを睨みつけて みる。
 …そこで何も言えなくなるアプフェルもアプフェルだが…本当に魔獣といえるのだ ろうか?
「では、後ほど合流しましょう」
『………うん』
 アプフェルはとぼとぼと街から離れる方向に歩いていく。途中、ものすごく寂しい 瞳でルシーの方を振り向いてみる。
「………そんな目をされても困りますって……」
 この言葉が決定打だったようで、やっとアプフェルは諦めてどこかに飛んでいって しまった。
 …これは余談だが、この日、この街周辺で、『怪鳥』を目撃したという人が数百名 出たという…


「(いい加減この問題を解決しないと…)」
 物静かな街の中を多少速めのテンポで歩きつつ、いろいろとアプフェルについて考 えているルシー。
「(これから先、一度も街に立ち寄らずに旅をするなんてことは不可能に近いです し…)」
 物静かといっても、人はそれなりにいる。お昼少し前なので、そろそろ飲食店が騒 がしくなる頃だろうか。
「(しかしその度にアプフェルをどこかに退避させておくというのは…)」
 都会からかなり離れているため、どことなく地味な町ではあったが、それでも彼の 「黒ずくめ」と言う格好は明らかに周囲から浮いて見える。それが珍しいと言うわけ ではないが、場所によって目立つ割合が変わってくる。特にこういう平和な街では。
「(…そのうち…暴れだしそうで恐ろしい…)」
 とりあえず、どんな田舎町(失礼)にもあるという「情報屋」を探す。
「(ああ見えてもアプフェルは魔獣ですし…もし暴れだすと私などでは手が付けられ ないことは確か…)」
 あれこれ考えているうちに街の反対側の入り口まで来てしまう。
「………」
 さり気なく回れ右をして、もう一度情報屋を探す。
「(だからといって彼をあのまま街に入れるなんてことは…)」
 街の中程まで戻ってきたところで、何とかその「情報屋」を探し当てる。
 金色の小さな鐘が二つ付いたドアを開けると、その鐘がからからと金属質な音を立 てた。
「いらっしゃい」
 その音が客が来たことを知らせるものらしい。いかにも、と言うと失礼だが、日焼 けした肌の中年男性がカウンターに堂々と座って、こちらを見据えてそう声をかけ る。
「こ…こんにちは…」
 かなり緊張した面持ちで中に入る。こういうところに来るのはしょっちゅうだが、 一向に慣れる気配が無い。
 こういう場所に来るといつでも何人かの『冒険者』たちがいて、どうしてもその中 に溶け込むことが出来ない。溶け込む必要は全くと言っていいほど無いのだが…彼は そういうことが積もり積もって『情報屋・ハンターズギルドは苦手だ!!!』という 確固たる苦手意識にまで発展していた。
 だが今日は幸運なことに、他の者は誰もいなかった。
 店の中はさすが情報屋というだけあって、窓以外の壁には所狭しと賞金首のポス ターが貼られている。
 しかしそのどれもが、捕まえたところで二束三文程度の金にしかならない「せこい 万引き犯」や「食い逃げ犯」ばかりだったが。
「何の情報をお求めだ?」
 見た目どおりのよく聞こえる声で、なかなか物を言い出さないルシーにそう言う。
「あ…はい…えぇと…」
「………しっかりしろよ…」
 ここの主人は、しょうがねぇなぁ、という呆れた表情を隠さなかった。
「すみません…こういうところが苦手なもので…」
 普通こういうことは思っていても口には出さないものだと思うが…そこはそれであ る。
「で、一体ウチに何の用だ?」
「あの…こんな石を探しているんです」
 ルシーは探している石…夜空の石のことを、要点だけははずしてこと細かく尋ねて みた。
「…というものなんですけど…何か知りませんか?」
「…いや、いきなり『知りませんか?』とか言われてもだな…」
「…ならどのようにお尋ねすればいいんですか?」
「こういう時は…まぁいいけどよ。じゃぁ、何だ?ここに情報を求めてやって来たっ てことは、それなりの額は用意してあるんだろうな?」
「………やっぱりお金が要りますか…?」
「ったりめぇよ!俺たち情報屋はそれを売り物にしてるんだからな」
 なめている…こいつは世の中をなめている…!!!
 情報屋の主人はきっとそう思ったに違いない。
「聞いたところその石は何らかの『力』を持っているようだが…こういうものの情報 は決して安くは無いぜ?背の高い姐ちゃん」
「……………背の高い………姐ちゃん……」
 もう何度も何度も何度も何度も何度も同じように間違えられた経験があるので、も う諦めて何も言わない。
 ただ一つ誤解を解いておくために、
「私は…確かにこんななりをしていますけど…これでも男なんです…」
 とだけ言っておく。そのうち名誉毀損だとか言い出す日が来るかもしれない。
 すると主人はものすごく驚いて…
「…やっぱ世の中には謎が満ち溢れているぜ…」
 と、悟ったように呟いた。


 結局情報は無かった。『知らねぇなぁ』は無料なのである。
 次に、情報屋の主人の教えてくれたあるところへ行ってみることにした。ここもど んなに小さな街にも必ず一軒はあるところなのだが…
「(えぇと、赤い屋根を右に…青い屋根をさらに右に…茶色い壁を左…?)」
 ここもやはり冒険者や情報を集める者が必ず来るところと言えるだろう。ただ場所 が分かりにくいため、知っている者、あるいは偶然ここに来られた者しか来ることが 出来ない。
「(あった…『黒金(くろがね)の月』…)」
「(………)」
「(………)」
「(…酒場…ですかい…)」
 情報を集めるには、情報屋・ハンターズギルド・酒場に行ってみるに限ると昔から 言われているが…
「(…入るのに無茶苦茶抵抗が…)」
 誰から見ても嫌そうな顔だと分かるぐらい、その気分がはっきりと表情に出てい る。
「(しかし…あ〜…どうしましょうか…)」
 せっかく教えていただいた秘密の酒場でもありますし…
 もしかしたらここのマスターは石のことを知っているかもしれませんし…
 何より今はお昼、まさか昼真から飲み会を開いているなんてことは考えられません し…
 あれこれ考えながら、そこの扉の前に立ち尽くしているルシー。正直言ってかなり 怪しい。
「(…とにかく、話を短時間で切り上げてその後ダッシュで逃げる…これしかありま せんね…)」
 という結論に至ると、ルシーは深呼吸を一つして、勇気を振り絞って酒場の扉を開 いた。
 …大げさな…


 一般的な酒場だった。
 昼飯時の今、酒場は数名の人間がわいわいやっているだけで、マスターは 白い布を片手にグラスを一つ一つ丁寧に磨いている。
 ちょうどそんな時に扉が開いて、黒ずくめの見るからに怪しい人物が一人、入って くる。
 とりあえずそいつに声をかけるが…
「いらっ…」
 思いっきり途中で遮られる。
「すみません!私、情報屋の主人にここを紹介してもらって来た者なんですけど、こ ういう石知りませんか!?」
 彼にしては珍しく、相手の言葉を遮って自分の台詞を押し通す。
 とにかく焦っているという雰囲気が丸出しだった。
 石の説明も…かなり簡略化されている。
「『夜空の石』…ねぇ…聞いたことはあるが…」
「いつ、どこで、どんなことをですか!?」
「聞いたといっても、もう十年ぐらい昔のことで…」
 マスターが昔のことを思い出そうとしているときだった。
 後ろ側の席から、突然声が聞こえてくる。
「そろそろ酒を持ってきてくれ〜〜」
「はいよ」
 ちょっと待っとくれ、とマスターはルシーに言うと、ワインだかウイスキーだか知 らないがかなり大き目の酒瓶を五本両手に持ってそれを運んでいく。
「……昼間から…飲み会…?」
 げんなりした様子でそう呟く。
「……まずい……」
 マスターはすぐに戻ってきた。そして立ったまま話をしていたルシーに、長話にな るから座りなさいと言ってくれる。
 非常にありがたいのだが…
「(長話…ですか…!?)」
 先行き不安を感じつつ、しかしそう悟られないように表情は変えない。
「あれは…正確には九年前かね」
 だんだんアルコールのにおいが店内に立ち込めてくる。
「私はとある事情でアスリースに行ってきたんだが…」
 それと同時に、ルシーの意識が怪しくなってくる。
「(…まずい…意識が飛びそう…)」
「そこでだったかね、その石の話を聞いたのは…ん?君、大丈夫かね!?」
 焦点の合わない目と、赤くなっている顔と。あと…
「ら…らいひょーふ…」
 …ろれつが回っていない。明らかに酔っ払っている。その時、さらに間の悪いこと に、再び酒の注文が来る。
「さっきの倍持ってきてくれても良いぞぉ〜!」
 マスターは話を一時中断して、今度は二往復かけて酒瓶十本を運ぶ。
 店内のアルコール度数はますます高まるばかり…
 既に目を回す一歩手前にいるようなルシー。…いや、もしかしたらもう回っている のかもしれない。
「…本当に大丈夫かね?」
 本当に、を強調して聞いてみるマスターだったが…
「…も〜らめ…」
 ルシーが辛うじて言えたのは、この一言だけだった。


 カウンターに覆いかぶさるようにして寝てしまったルシー。マスターはものすごく 対応に困っている。
「…ここまで酒に弱い者というのも珍しい…」
 いや、もう酒にどうこうという問題ではないような気がするが…
 その目の前には、人の気も知らないでぐーすか寝ている黒ずくめの妙な奴が一人。
「どうしたものか…」
 ルシーが寝ている間も、酒豪たちはじゃんじゃん酒を飲み続けている。ここまで来 るともう生きている世界が違って見える。
 仕方なく、途中だったグラス拭きを再開する。
 それからしばらく経った時だった。
 ゆっくりと店の扉が開かれ、一人の人物が中に入ってきた。
 マスターはその客人に愛想良く…かどうかは分からないが声をかけ…
「いらっしゃ……!!!!!?」
 がしゃん!!
 その人物を見た瞬間、驚きのあまり手に持っていたグラスを思わず床に落とす。し かもそれに気付かないほどだった。
 そいつはまっすぐカウンターで眠りこけているルシーの所へ歩み寄ると、そのまま 彼を抱き上げる。
「ど……ドッペルゲンガー………!!!!!?」
 なんとかそう言えたマスター。そいつはマスターの方を、微妙に笑っているような 表情で振り向くと…
『……くぇ?』
 ……とだけ言って、足早に店から出て行った。
 ついでに街からも去って行った………


 目が覚めると、そこはルシーの知らない所だった。ただ森の中であるということだ けは確かだ。
「あー…またやってしまった…」
 やはり酒場には入るものではないと強く思う。と同時に、ジールすらも飲めない自 分の下戸さ加減に腹が立ってくる。
 立ち上がって…足元が覚束ないが…辺りを少し歩いてみる。近くに小さな池があっ た。
「…まだ顔が赤い…」
 水面に顔を映してみたが…いっそのことこの中に飛び込んで頭を冷やしたい気分 だった。
 すると、水面に映っている自分の顔の上に、もう一つ別の顔が映る。
「誰で…す…?」
 ものすごくどこかで見たことのある顔だった。恐る恐る後ろを振り向いてみる。
 するとそこには、今まさに水面に映っていた自分の顔と全く同じ顔の人物が立って いた。
「う…うわぁぁあああぁぁ!!!!?」
 …どぼん。
 ひとしきり叫んだ後…結局本当に水の中に飛び込む(落ちる?)羽目になった。
 盛大な水しぶきが上がる。
『くぇくぇっ!!』
 池に落ちたルシ−を心配してか、同じ顔の人物がそう声をかける。
 …声というよりはもう鳴き声だったが…
 幸い水深は浅かったので、沈んだきり浮かんでこなかったという最悪のケースには ならなかった。
 水面から顔だけ出して、例の自分と同じ顔の人物を窺う。
「…あれは一体何なんです…?」
『くぇ』
 そうしたら声と同時に、正面にその顔が…というより、その顔の人物が、上がって こいとばかりにルシーに手を伸ばしている。
「ど…ドッペルゲンガー!!!」
『違う!違うって!!僕だよ、アプフェル!!!』
「………アプフェル…?」
 半ば信じられなかったが、聞き覚えのある声と見覚えのある赤い目がその人物がア プフェルであることを少しだけ主張していた。
 自分で自分の手をつかんで上がってくるというのに、ものすごく妙な感じを覚えつ つ…
『あっ!』
 …どぼん。
 再び池に気に入られたルシー。
「…突然手を離すのは止めてください…」
『ごめん、手が滑った』
 慣れてないから、と付け加えるアプフェル。まぁ確かにそうだ。
 結局自力で池から上がってきたルシーだった…


 とりあえず上着をそこら辺の木に干して…魔法で薪に火をつける。
 アプフェルは未だに元の姿に戻っていない。
「…ものすごく嫌な気分なんですけど…?」
 黒い上着を脱いでも黒い服を着ているルシー。…筋金入りの黒ずくめである。
『…だってさぁ…退屈だったんだもん…』
「………」
 よくよく話を聞いてみると、一人街の外に置いてけぼりをくらったアプフェルは、 あまりにも寂しかった…もとい、退屈だったために、このように姿を変える魔法を無 意識のうちに発動させ、街に入ってルシーを探していたということである。
 姿を変えても声と目の色は変わらない、という多大な欠点もあるが…
「…とりあえず、私の姿でくぇくぇ言うのは止めてもらえませんか」
『………無理』
「…どうして?」
『だって…僕人間の言葉話せないもん』
「………だったら、今すぐ変身を解いてください」
『………無理』
「どうして!!?」
『今後、街に入るときは僕をつれて入るって約束してくれたら…』
「…じゃぁ、私はここであなたと別れます。長い間お世話に…」
『あ〜待って待って!!冗談だよ!』
 冗談に聞こえない…
 ルシーは確実にそう思ったに違いない。
『それに、僕と別れてあの石を探すつもりなんだろうけど、一人でそんなことが出来 ると思ってるの?僕一人でも出来ないのに』
「………」
『…それに、酒場で情報収集ってものすごく大事だよね。それが出来ないってものす ごく損してるよね。…僕なら出来るよ』
 この言葉がルシーにとってものすごく嫌味に聞こえたことは…言うまでもない。
「…う………しかし、さっきあなた『人間の言葉は話せない』と断言したじゃありま せんか…」
『いつもの格好だと無理だけど、この姿なら練習すれば話せる(かも)!』
「…分かりました。分かりましたよ。でも、その姿で名前を聞かれたときに『ルシー です』と答えるのは止めてくださいよ。これは絶対譲れません」
『どうしてさ?』
「あなたの言動にまで責任を持つ義務は無いはずです」
『…じゃぁアプフェルって名乗るの?』
「…それはそれで嫌ですね」
『我儘だなぁ…じゃぁ、今の僕はなんていう名前を名乗れば良いのさ』
「…私になったアプフェル…アプフェルが私になった…アプフェルルシー…………そ うですね…アプシーなんてどうです?」
『…そのまんまだと思うけど…逆は?ルシーアプフェル』
「何となくリンゴの新種のような名前ですね…味はきっと最低でしょうけど。ルシー アプフェル………ルシフェル!!?あなた、こんなたいそうな名前を名乗るんですか !?」
『…それはちょっとやだ…』
「なら、アプシーに決定ですね。分かりやすい名前で結構」
『…ものすごく投げやりに聞こえる…』


「(…本当に散々な出来事でした…)」
 思い出しただけで疲れる、という表情で、未だに泉をつついているアプフェルを眺 める。
「(…まぁ、その後そんなにアプシーが出てくる機会はありませんでしたけど)」
 世の中に、自分に似た人物は少なくとも三人はいるらしい。そのうちの一人に遭遇 したルシーだが…
「(このままだと、残り二人に出会える日はそう遠くないかもしれません…)」
 強い先行き不安を感じるのか、大きくため息をつく。
 するとその時。
『くぇぇっ!!』
 という、アプフェルの勝ち誇った鳴き声と共に飛んでくる、一匹の大きな魚。
「!?」
 べちゃっ…ごん…
 避ける間もなく、それはもろにルシーの顔面にぶつかってくる。ついでにその衝撃 で、もたれていた木に後頭部をぶつける。
「………あ………」
『!!』
「アプフェル…」
 自分の顔から足の上に落ちた魚を地面に下ろすと、後頭部を手で押さえながらゆっ くりと立ち上がる。
 気のせいか、ただならぬ不吉な気配が漂っている。
「…今回ばかりは許せませんねぇ…」
 ですます口調の本領発揮、とでも言いたげな、不気味なほど優しい声でそう言うル シー。
「さて…どうしましょう…ふふふ…」
『…く…くぇ…くぇ?』
「い〜え、駄目です。もう許せません。私の平穏を乱した罪は限りなく重いというこ とを、身をもって分かってもらういい機会ですし…ふふふ…」
『…くぇ〜…』
 アプフェルは少しずつ後退しながら、翼を羽ばたかせる。
「あっ!逃げる気ですか!!!?」
 そうはさせまいと、ルシーは魔法を発動させるべく詠唱を始める。
「…我はルシー、緑の眼の魔法使い!我と我が名に服従を誓いし冥界の竜よ、降り来 たりてあの馬鹿鳥を丸焼きにしてしまえ!!!」
 …はっきり言ってふざけた詠唱内容だが…まぁ今はこれで十分。
 おかげで出てきたのは漆黒の鱗の可愛らしい子供の竜だ。それでも口から吹く炎は ものすごいが…
 ちなみにこの魔法、召喚ではなくただ単に自分のイメージしたものと詠唱内容とが 影響しあって出来ているもの。冥界という文字が入っているが、そういう言葉があっ た方が何かとイメージしやすいというただそれだけの理由で入れられているに過ぎな い。
 つまりあの竜は、ルシー自身の魔力によって具現化された、ルシーの想像した存在 なのである。
 効果時間は、あの竜が炎を三回吹くまで。
 …と、見ているうちに消えてしまった。
『…くぇくぇ!!!くぇ〜ぇ!!』
「ちっ…丸焼きにはなりませんでしたか…残念」
 残念、の部分がもう本当に残念そうに聞こえたのは………果たして聞き間違いだろ うか?そうであることを祈る。
 しかしアプフェルは身の危険を感じたようで(実際しっぽの先の羽と左側の 翼の先が焦げている)…
 この後、ルシーに浴びせられた抗議の『くぇくぇ』の数はすさまじかった…

 いつもこのような調子というわけではないが、二人の旅はそれなりに楽しいもの だった。
 ルシーもああいう態度を取ってはいるが、実際はアプフェルのことを何よりも大切 だと思っているに…思っているに違いない…かもしれない。
 アプフェルは恐らく問答無用なほどルシーを信頼しているだろうし…
 何かと妙な関係だが、この先二人は漫才コンビになるか、それとも本来の目的であ る「石」を探し当てることが出来るのか…
 現在、その岐路に立っているような気がするのは私だけだろうか…