白いオーケストラ



 甘く見ていたし、なめてもいた。
 自分は出来ると。そっちには行かないと。

 それは酷い自惚れだったのだ。



 シキ=ウォーレンがマギ=アーサーに入団したのは15歳の時。
 999年紅月。
 所属は三番隊。期待の新人だと言われた。
 生まれた時から、物心ついた頃からやりたい事はなんでも出来た。
 この子は天才だと言われていた。
 努力なんて知らない。だってそれは凡人のする事だろ?
 自分は違う。
 そっちには行かない。
 このままどんどん自分の凄さを見せつけて一気に昇進してやると。
 野心だけはあった。
 入団試験も一発で合格。いきなり三番隊への所属。
 それは当然だと思っていた。どっちかと言えば二番隊とかでないのが、上は見る目がないなと思って。

 マギ=アーサーの編成は幾つかの隊に分かれる。数が頭につく隊と、団長、副団長直属の部隊。
 通常編成の部隊の中では数が少ない隊程優秀でえらい。つまり三番目の隊である三番隊にいきなり配属というのはかなり凄いことだ。
 マギ=アーサーの存在は他国や自国の民にも有名で、魔法を詠唱しながら剣を振るう姿はさながら歌いながら光を振るう楽団のようで、マギ=アーサーはアスリースの為の騎士団だったから。アスリースの民からいつからか自分達の交響楽団(オーケストラ)のようだと言われた。
 その呼び名が残るのが団長部隊と副団長の部隊。
 チェスで一番の駒はキング。最大の攻撃力を持つのはクイーン。
 決して“王”や“女王”という意味ではなく、最強の矛と盾という意味で、団長(ブレイカー)直属部隊は“キングソル”。副団長(サブブレイカー)直属の部隊を“クイーンソル”と呼んだ。
 キングソルとクイーンソルの隊の団員はほぼ古株の、経験深い騎士ばかりだ。
 実質その中で今一番経験の浅い人物はキングソルを率いるブレイカーその人だと、シキも思っていた。
 アティ=サルトス。女の若きブレイカー。
 家柄でとった、という噂は多い。
 シキはその噂を聴いて“家柄で取るようじゃ釣り合わないな(その場所と)”と言った事がある(当然本人に対してではない)。
 シキは二面性はうまく使っていた。見下す奴は見下すが、人間関係の為に円滑にしなければならない相手にはちゃんと敬語を使い愛想も良くした。
 入団から半年。
 シキがよく愛想を振りまいて側にいる相手が数人に浮き彫りになる中、そこにはサブブレイカーの傅英=ヴェリスーンの存在もあった。

「傅英様!」
 綺麗な翡翠色の翼。尖った耳。
 紅を帯びた銀の、赤銀の髪。
 琥珀の双眸とその類い希な色の髪、太陽に、月の光に輝く翼を持った姿は人目を惹くに値する美しい宝石のような、そんな姿の外見20歳くらいの青年。
 任期の長い傅英は気さくで、マギ=アーサーの事をよく知っており、団員からも好かれていた。
「おー、シキ。どうしたよ?」
「それが今ヒューリ隊長が寝ぼけてて手を食われたんですよー!」
「うわ本当だよ歯形ついてら……。あいつ寝起き悪いんだよ。寝てる時は離れて剣の柄で叩いて起こすのをすすめるぞ」
「そうしますー…」
 ブレイカーのアティはあまりまだ馴染んでおらず、確かに階級としてはアティの方が上だったが、騎士団の中でのポジションで一番高くいい位置にいたのが傅英だった。
 かつてはブレイカーの経験もあり、実勢経験も豊富で対処に早く、ほとんどの騎士から信頼を寄せられている人望厚い副団長。
 こいつ偉そうでいやだなーと思った神経質そうな、とある隊長も傅英の気軽な一言にあっさり、まるで借りてきた猫のように頷いている姿には驚いた。
 つまり、そういう場所にいる人なのだ。
 媚びを売る行為はあまり好きじゃない。だが人間関係の為には傅英を慕っているように演じた方が得だと思った。
 本当は特に好きではなかった。別に人の癇に障る態度を取る人ではないし、親しみのある人だったが、“天才”と呼ばれて育ってきたシキにとって、任期が長いだけ人望も厚いようなそんな“たたき上げ”の見本のような傅英は憧れでもなんでもない。



 そんなある時だ。
「おい、」
 同じ隊の仲間に声を掛けられた。
 何の話かと思えば、数人で人気のない所で。
「……、集団で私刑とか? 大人げないですねー先輩達」
 倒せる自信はあったからそう言ってみたら、逆にフリーズされた。
 ?マークを浮かべていると、一人が復活してやたら赤い顔で。
「だっれがそんな正規騎士団の奴らみてーなちゃっちいことすんだよ!
 ふっざけんな!」
「じゃあこの状況はなんなんですか」
「単純に周りに聴かれちゃまずい話だっただけだ!」
 一気に叫んでから、数度息を吸うとその相手は剣呑な眼差しを向ける。
「…あのな、癇に障るんだよ。お前の態度。実力があるのはいいことだし、卑屈にならない精神はうちにはもってこいだ。
 でもな、お前周りは気付いてないとか思ってるだろうが、それなりに此処にいる奴らはみんな思ってるぜ? “白々しいにも程がある”“腹が立つ”ってな」
「…、どういう意味で?」
「お前のサブブレイカーへの、だ」
「あの如何にも“尊敬してます”の態度。傅英さんに関心のない奴なら騙されるだろうが、生憎とマギ=アーサーはあの人に鍛えられた奴が多くてね。
 お前みたいな上っ面だけの尊敬はすぐわかるんだ。他の奴は結構本気で心酔してるからさ」
「……そういう注意ですか。
 だってそうした方がいいでしょ?」
「自分のためか?」
「はぁ? 媚び売ってるって? 冗談。俺がなんで他の奴らみたいに」
「誰が媚びだなんて言った」
「……え?」
「媚び売る奴の方が余程はっきりしてて気持ちいいよ。向上心が良くも悪くもあるって話だからな。けどお前みたいな“みんなの為なんですよ”といわんばかりの上っ面は一番癇に障るんだ」
 この人達、何言ってるんだろうと思った。私刑でもない嫌味でもない。
 ただ本当に、気になったから。癇に障ったから。ただの注意を、そんな、真剣に。
 言う人は、見たことなかった。
「お前は騙せてると思ってるかもしれねーが、傅英さん。あの人馬鹿じゃないからな。
 お前の“尊敬”がただのお仕着せだって事くらい知ってるぜ」
「…………そんな、冗談」
「じゃあなんで本人が言わないか? 傅英さんは任期長いからな。
 そういう手合いは慣れてる。あの人正規騎士団とのいがみあいにもよく立ち会うし」
 ようは、言いたかったのは上辺のその態度がむかつくと。
 そういう事で。
「こーら三番隊! なにさぼってる!」
「うぁ!?」
 急に死角から声がした。一瞬話題の主かと思ったが、声が違う。
「……え? ど、どこ?」
「鍛錬が足りない! 気配くらいすぐ察して場所見つけろ!」
 声は、近くで聞こえる。
 ゆらりと煙が鼻をつついた。顔を顰めると。
「ああ、わり。煙たかったか」
 声の主はそう言って、直後シキや他の騎士の間に上から煙草が降ってきて、地に落ちる前に火に包まれて消えた。
 それで咄嗟に皆上を見ると、訓練場の塀の上に器用に乗って座った、金髪に三白眼の男。
 声の主は彼らしい。
「あ、」
「コンラッド…」
「よう。内緒話はもっと健全にやれ。
 ……出動命令が来たぜ」
 最後だけ真剣な声で。
 そのコンラッドという男の言葉に皆顔色を変えて、訓練場から出て行く。
 残されたシキの側に、コンラッドが降りてきた。
「お前新人だろ。行かなくていいのか」
「行きますよ。それより貴方は?」
 ラフな私服姿の男は、どう見ても王宮関係者には見えない。
「コンラッド=ソルエン。新人ならある程度の席官(ソーク)の名前は覚えときな」


 席官(ソーク)。
 つまりそれなりに偉い人なのか。
 ソークはブレイカー、サブブレイカー、各番隊隊長以外の権限のある騎士の呼称だ。


「そんな人がよくそんな格好で」
「戦いやすけりゃなんでもいいんだよ。そら行くぞ」
「…ですから」
「誰と一緒に行こうが同じだ。
 言っておくが、実戦経験がないですなんて言い訳はうちじゃ通じないぞ。
 実力勝負で前線行きだ」
「それはいいことじゃないですか」
「…本当に甘く見てるな」
「…は、?」
「今日の招集。でかいぞ」



 それだけ言って彼は行った。



 事実、そうだった。
 今回の招集。
 出動場所はアスリースのリュカイ領。雪が丘(スノーフリーク)。
 スノーフリークは聴いた事がある。かつての戦地跡で、木々がほとんどなく、雪が降ったような荒野の事。
 しかも先行のあるソーサレス小隊がほぼ壊滅したという。
 戦地跡とは得てして怨念が死体が多く、呪いにも使われやすい。
 そして地に残る死臭が、多くの魔物を呼び寄せる。
 その討伐がマギ=アーサーの任務の多くだ。
 覚悟もなにもない。ない奴はマギ=アーサーに入団する資格自体がないからだ。
 ただリュカイ領のスノーフリークは、魔物に喰われ戻らぬ者も多いという荒野。
 実戦経験のない新人はまず行くべきではない場所だ。
 だがあのコンラッドという男の言葉通りなら、そんな話は此処では通用しない。
 実際、出動部隊は一番隊、二番隊、三番隊の俗にいうマギ=アーサーの上三部隊。
 それにブレイカーとサブブレイカー。

 敵は人語を解する人間ではない。ソーサレスではない。
 命乞いも意味がない。
 その相手を敵とする魔法騎士団。
 そこにいる騎士の意味を、

 戦場に立って初めて知った。



 血の匂い。
 多くの、さっきまで剣を握っていた肉体。
 息のないもの。辛うじて息があるもの。
 どのみち、もう戦えた代物ではない。
 こうまで、一方的な戦いになるとは思わなかった。
 そして、経験を踏んだ仲間ですらこうなった以上、実戦経験のない自分は、ただのお荷物だ。
 それを思い知る。
 まともに詠唱が終わる前に襲われる。だから中途半端な剣の振り方になる。だから浅くしか切れない。そして詠唱も途切れる。だから立て続けに襲われ、逃げるしかない。

 そっちには行かない。
 そう思っていた。
 向上心のない、努力もしていなさそうな。
 なんの権限もない騎士達を。

 自分は違うんだ。
 上に行くんだ。
 ヒラとか呼ばれてるあんた達とは違う。
 その場に満足してるようなあんた達とは。

 だから、

 そっちには行かない。
 あんた達とは違う!


 そう思っていたのに。
 いざ戦闘になったら、自分より彼らの方が余程動けた。


 魔物の群から逃げて、木の陰に隠れる。
 震える。怖い。

 この震えた手に、なにが出来る。
 惨めな、姿をさらしてるのは自分じゃないか。
 彼らは、現状に満足していたんじゃない。
 自分には見えない速度で、同じように上を見て上を見て。
 走っていたんだ。
 実力勝負とはよく言った。だから誰もが水面下で必死になる。だから実戦で役に立つ。だから魔法騎士なんて無茶なものが、長きに渡って機能するんだ。
 剣を持って魔法を使うのと、なにも持たずに詠唱するんじゃわけが違う。
 必ずしも強いソーサレスが、マギ=アーサーで強いわけじゃない。
 こういう意味だったんだ。


 直後物音がした。
 びくっとシキが振り返った先、身の丈よりもでかい魔物の姿。
「…っ!」
「下がれ!」
 ぐいっと後ろから腕を引っ張られて、転ぶ。
「彼方! 星の消える方向。空を呼ぶ者。地に縫い止められ飛行する者よ!」
 起きあがった視界に映る、金の髪。今は着ている隊服が、ところどころ血に汚れている。
 あのコンラッドという男だ。
「飛来せよ、十二星の彼方。
 命ずるは」
「っ…危な!」
 横手から魔物の異形の腕が伸びて、シキは咄嗟に声を上げたがその左手に握られていた剣がそちらを見もせずに一閃された。
 飛び散る腕と血は魔物のもの。
「コンラッド=ソルエン!
 慧、理のまま地に雨となれ!
 メテオストライク!」
 石の塊が無数に現れ、眼前の魔物の身体を貫いて倒す。
 それを見届けるより早く剣が、横手からやって来ていた魔物の首を切り落としていた。

(…速い!)

「おい小僧無事か!?」
「は、はい!」
「来い!」
 言葉に従って走り出す。
「お前の他に六人いたな。どうなった?」
「死んで…多分死…!」
「息ある奴もいるって事か。
 俺の方も何人か見た。
 …やばいな」
「え?」
「こっちは先が海だ。
 逃げるには西行かなきゃ無理だが、向こうが魔物の巣窟だ」
「…!」
「瀕死の人間抱えて通れる場所じゃねえな」
「…じゃ」
「更に言うと、ブレイカーから一時撤退の命令が一時間前に出た。
 二番隊、三番隊の多くはもう此処から脱出済みだ。一番隊の一部が取り残されてる。
 最前線だったからな」
「…………」
 仲間は瀕死。動ける騎士も少ない。出口は塞がり。数も向こうが有利。
(…生きて…帰れない…?)
「ちっ…森抜けるぞ!」
 注意しろと叫ぶ。森の中は木々の揺れる音で大体の魔物の位置がわかるが、荒野に出てしまえば後は気配だけで来る方向を判断するしかない。
 魔法を広範囲に飛ばせる利点もあるが、身を隠すものがない分、詠唱するタイミングが難しい。
 ざっと木が揺れ、荒野に出た瞬間。
 背後の木が大きな音を立てて潰された。
「スランク(飛行型の魔物)かよ!?」
「…っ」
 腕に羽根のような膜を持った四本足の魔物。
 確かこの形状のスランクは雷系の術を使える。
「っ…詠唱すんだけ不利か!」
 コンラッドが剣を片手に地面を蹴る。
 頭に振り下ろされた刃を魔物は腕で庇った。
 びりと空気が震える。
「コンラッド!」
 雷発動の兆しだと判断したシキが敬称も忘れて叫ぶ。
 ばちっと音が鳴って剣に雷が落ちたが、コンラッドはそのまま魔物の腕を蹴ると、遠心力で片手を切り落とした。
「甘い! これでもう飛べねえだろ!」
 その手が剣をくるっと持ち直して、振り下ろされた魔物の片腕の指を一閃する。
 そのまま頭を狙うと思ったが、それより早く二段の雷を落とされて腕を剣で受ける事を余儀なくされる。
「…っ…シキ! お前突っ立ってるだけの人形か!?」
「…あ」
「なんか唱えろ! 無理なら剣は置いていけ!」
「…は、はい!
 水と火は通わず天き盾となる、波状の剣、花の刃。
 二十の矢をもって…!」
 瞬間右手に痛みが走った。
(…っ…背後にも二体!?)
 駄目だ。詠唱は間に合わない。剣は足下。
(…殺される!)

「二十の矢を持って貫け額ずけ詫びをあげよ!
 第二の口上!
 ウィンディーローズ!」

 一瞬だ。
 空から波状のかまいたちが矢のように降って、その場の魔物を斬り倒した。
 翼の影が見えた。
 羽ばたく音がして、目の前にその影が降りる。
「だらしないぞコンラッド。なにスランク相手に苦戦してんだ」
「…傅英!」
「…傅英…様…」
 空から降りてきて、シキが唱えようとしていた魔法を放ったのは翡翠の翼のサブブレイカー。
「まだいたのかよ…」
「まだってなんだよ。助けられといてその言いぐさか。
 …おい」
「…は、」
「さっきの魔法の選択はよかった。
 スランクだとアレが一番有利だからな。ただちょっと詠唱が遅い。
 剣拾え。すぐ次が来るぞ」
「…、は、…はい…」
 言われた通り拾うとすぐに駆け出す。
「コン、左翼二体!」
「了解!」
「シキ後ろ一体そのまま走りながら魔法使え!」
「…、終の赤、浅く眠る死を呼び覚ませ、地上に怒り灯りて争を呼ぶ!」
 傅英への肯定は小さく頷くだけにした。声にすればその分詠唱が遅れるからだ。
 傅英の姿はもう地上にはない。その両の翼で空に舞い上がっている。
「伝う我が名はシキ=ウォーレン。逆巻け焔!」
「コンラッド=ソルエンの名の下に発動せよ」
 振り向き様にシキが唱えたのと、一体を斬り捨てて詠唱を続けたコンラッドの声が同時に重なる。
「セイヴァー・ウィンド!」
「カーマイン!」
 炎と風が空を裂き計三体の魔物が消える。
 コンラッドとシキが一瞬軽く息を吐いた時だ。
 どさどさどさ!
 と、上から何十体ものスランクが落下してきて二人とも驚いた。
 それも皆完全に息絶えている。
「…………、………な……な……」
「………………………。
 ……傅英! てっめソニックブレイド使ったな!?
 俺達の上に落ちたらどうすんだ!」
「知るか避けろよそんくらい!」
「上注意して横注意しろってか? 無理だろ!」
 もう一体落ちてきた。これは剣の傷を負っている。
 続いて傅英が地面に降りてきた。
 シキにもなんとなくわかった。空にはこの数の魔物がいて、傅英はそれを一手に引き受けたのだろう。
 使ったのは多分コンラッドの言う通り“ソニックブレイド”だ。
 ソニックブレイドはソニックシャウトの進化系の魔法で、怪音波で広範囲の敵の感覚を狂わせ、最悪死に追いやる。
(……すげえ……)
 自分だったら例え翼があってもこの数を相手にその詠唱をする余裕などまずない。
「…、小休止だな。この近くにはもういない。
 十分くらいは大丈夫だろ」
「見て来たのか」
「まあな。
 ………どしたシキ」
「………いえ。
 ……、……?」
「シキ?」
「……」
 よく見ると、コンラッドの剣も傅英の剣も通常支給されたものとは違う。
 実戦でないと剣をよく見る機会がないから気付かなかっただ。
 コンラッドの剣には柄がなく、刃が黒い。
 傅英の剣は何故か片刃しかない身の丈程の長い剣。
 最もマギ=アーサーの人達は大抵半年くらいで支給された剣から自前のに変えてしまうから不思議ではないのだが。
「……あ、剣?」
「…はい。見たことそういえばなかったので」
「そりゃ滅多に持ち歩かないからな俺は」
「持ち歩けよコン」
「煙草が持てないだろ」
「お前の比重は煙草が重いのか。
 …シキ?」
「いやあの質問に答えてもらえるのは嬉しいんですが、…こんな荒野の真ん中で突っ立ってて大丈夫なんですか?」
「…いや、ここはかなり森から離れてるからな。
 物陰もないし」
「上から来ても影で判るから。
 下手に森の中行くより安全」
「……そうなんですか」
「で、俺のは帯電制になってるから。
 ほらさっきスランクに雷落とされたけど大丈夫だっただろ?
 術使う魔物割合多いから剣伝って来るような魔法は防げる奴使うのはうちの基本」
「……………」
「術受けると刃が黒くなるんだよ。早い話が避雷針だ。
 傅英のはアレ、宝物庫に安置されてた魔法剣」
「え!?」
「なんだっけ? ブレイカーんなった時に陛下から頂いたんだっけか?
 …えーと」
「“イル=クエス”」
「ぅえ!?」
「…シキ。いくら十分は安全っつったからってそう遠慮なく叫ぶな。
 危ないだろ」
「…す、すいません。
 …でも“イル=クエス”って……確か十代目のアスリースの国王の遺品で、イルっていう魔法具職人が特別なもので作った三本しかない剣のうちの」
「一本だな。残りは“イル=リアス”、“イル=シング”。
 イル三剣は魔法吸収能力があっから」
「……知ってます。クエスが一番軽くて殺傷能力に長けてるんですよね」
「おお勉強人。ま、…クエスはどっちかって言うと魔剣だけどな。
 …あ、勉強で思い出した。傅英、お前合流ん時の“ウィンディーローズ”第二の口上使ったろ?
 あっぶねーな狙い外れたらどうすんだよ?」
「外さない自信があったから使ったんだろ。普通詠唱してたら間に合わなかったぞ」
「……え、あ……」
 そういえば合流した時、傅英が放った魔法は“契約式(自分の名前を唱える事)”と残りの二行の詠唱を省いていた。
“第二の口上”も知っている。上級ソーサレスが使う、魔法の短縮方式だ。
 その代わり術の威力が落ち、狙いも大幅にぶれる。…普通の人間なら。
 だが傅英はハーフとはいえエルフで、任期も長いから経験も深い。自身の魔力もかなり高いらしい。
 傅英だから狙いを外さず、威力もほとんど殺さず“第二の口上”で撃てたのだろう。

(…なんて、人達だろう)

「そういえば…、シキ。お前さっき言ったのがあったな。
 これ覚えとけ」
「は?」
 言ったこと?
「荒野のど真ん中の方が安全っつったな俺等は。それは場合によりけりだ。
 魔物だからって知能がないわけじゃない。狩りの場所は選んでる」
「…えら…? 狩り? …傅英様それって」
「ようは、自分だったら相手を確実に仕留めたい時“如何にどうやってどこから狙うか”。 これを念頭に戦え」
「…………、…はい」

 命乞いは通じない。人語は解さない。

 でも、魔物にも知識はある。




 それから、生き残った仲間の元に向かいながら、シキは実戦を経験した者とそうでない者の違いを更に思い知る。
 詠唱の合間の息継ぎの仕方。魔法と剣の組み合わせ。訓練だけではとてもそんなコンビネーションは身に付かない。
 実戦と経験あってこその魔法騎士団だったのだ。
 傅英は任期が長いだけあって剣の構え振り方、魔法への転じ方全てが速く冷静だ。
 コンラッドもソークだけあって対処が上手い。
 自分はあれだけ天才と言われておきながら、魔法を使うのも剣も二人が使う十回に対して一回うまくいけばいいところだった。

「はあ…」
「もう息上がったか?」
「…あ、は……い」
「任期の差って奴だ。他の奴の方が余程動ける。質より量だ。
 …そんなんじゃ、うちやってけないぞ」
「…………」
 厳しい言葉は、本当に。
 心配してくれているから。
 今になって泣きそうになる。
 ごめんなさい。
「……お、おいなに…」
 だって。
「…なに、泣きそうな顔してんだ」
 仕方ないという顔で、貴方は僕の頭を撫でた。
 ごめんなさい。
 僕は、こんなにも弱かった。
「もうすぐ残った奴らのとこにつく。コンが見てきてくれてるから。
 な?」
「……っ」
「必ず、生きて帰るぜ。俺もお前も、皆」
「……………っ」
「誰も死なせない。これ以上」
 自信。強い意志の力。
 頷く。泣いてしまう。
 ごめんなさい。
 宝石のような翼と髪。
 綺麗で、とても強い人。
「コン」
 がさりと茂みが揺れて彼が姿を現した。
「おうなんとかいるぜ。重軽傷十二人」
「連れていけそうだな?」
「じゃなきゃいわねえ。動ける奴もいるしな」
「だな」
“いけそうか”ではなく“だな”。
 その言葉に、強い自信を感じた。
(…強い、人)
「よっし、じゃあ行くぞ。入り口までなんとかしてな!」
「了解!」
「シキ。俺等が先導する。付いてこい!」
「え…」
「心配するな。コンが後続だ」
 あった瞳から、溢れ出す強さ。自信。覚悟。
「……はい……!」
「行くぞ!」



 その後は無我夢中だった。
 ただ走って、魔法を打って、ようやく入り口までもうすぐという場所まで辿り着く。
 動ける人達が重傷の人を担いで、先に逃がしながら、あちこちぼろぼろだったけど、此処に入って良かったと。
 シキはそう思った。
 その時。
 ばさりと揺れた。

 視界。

 音。

 見上げる先。

「……バセスランク!?(巨大型飛行系魔物)」
 身の丈ほどの、大きな魔物。
「うあ!!」
「シキ! コンっ」
「あいよ!」
 後続にいたシキはその一撃をもろに食らう。
 コンラッドの剣が一薙したがかすり傷しか負わなかった。
「くそっ! コンそいつら見てろ!」
 傅英が言って羽ばたく。
 剣を片手に。

 僕は、どうしてその時。

 なにも出来なかったんだろう。



「空を飛び、天駆ける者の名において命ず。飛来の彼方よ!」
 振り上げる剣がバセスランクの肩に突き刺さる。
「繋げて伝え! 第二の口上、」
 悲鳴をあげた魔物の手が振り回されて、それが。
 傅英の片翼を掴んだ。
「…っ!!」
「傅英様!?」
「……っ……!!」

「放れろ!」


 …けるんだ。
 激痛の中で傅英はそう思っていた。
 助けるんだ。絶対。

「落ちろ! レイクアイ!」
 竜巻状の雷が剣を伝って落ちた。
 悲鳴が上がる。


「………………………!」


 翼が。

 苦しみもがく魔物が、引きちぎった。
 翼。


 見ていることしか。


(傅英、様)



「傅英!!」


(しまった……!)
 そこは上空。翼が、飛べない。落ちる。
「くそっ……!」
「傅英!」
「…来(き)よ来(こ)よ! 空にあらずんば人になきも、凍えて至れ!
 フリーズシンク!」
 ばし、と氷の柱が立った。
 魔物ごと凍らせて、翼を掴んだ腕を傅英の剣が切り落とす。
 だん、と音がした。
「………………っ……………なんとか……、よう……………」
 氷に腕を突っ込んで、それで落下を免れた傅英は、ぶら下がりながら二人に笑った。
「…倒したな……。もう………大丈夫だ」
「……傅英……さ、ま…………」
「……解呪……しないと」
「いい」
 がんと剣を氷に突き立てて、小さく呪文を唱える。
 びしと罅が入って、割れた。
 傅英の身体が、地面に落ちる。
「傅英!」
「………って………大丈夫…だって」
「何処が!」
「……此処が……………っ………」
 翼が、翼はまだその身についている。
 けれど、ぐしゃぐしゃで。魔物の手は、まだ握りつぶさんばかりに掴んだまま切り落とされていて。
「…………あーあ」
「……さ、ま」
「使えねえな……もう」
「……ふえ……い」
「ああ……いいさ。大丈夫だ」
「………っ」
 そうやって、笑う。
 なんでもない事のように。
 笑う。
「………………傅英さま…ぁっ!」
 ずるりと、嫌な音がする。
 びぎと、
 肉が重みに堪えられずに、

「っ……………!」

 今度こそ、その綺麗な、翼が千切れて、地面に落ちた。
 傅英は悲鳴を上げなかった。
 もう、掴まれていた所為で麻痺しかかっていたのだろう。
「………………」
 脂汗にまみれた顔で、穏やかに笑って、翼を見る。
 背から溢れる血が止まらない。
 けれど、もう回復魔法でも治らない。
 掴まれたままのひしゃげた翼。
「…………………しゃーない」
「……………………」
 救援部隊がやって来る。
「しゃーないよ」
 傅英はシキの頭を立ち上がって撫でて言った。
「……だから、しゃーない」
「…………っ………………………」
 もう皆逃げ終わった後だ。
 後日改めて編成がし直された部隊が、今回の情報と戦果を元に討伐に来るだろう。
 役目は終わった。
 シキはふらふらと、千切れた翼の元へと歩く。
 綺麗だった翼。千切れてしまった羽根。
 もう、戻らない。
「…………………れろ」
 ぐいと魔物の手を引っ張った。
「離れろ」
 引っ張った。
「…離れろ…放せ…放せよぉ!」
 ずると引っ張り出した翼は、見るも無惨で。
 抱えて、抱きかかえて、泣いた。
 僕の所為だ。
 僕が。


 後ろから、抱きしめられる。
「……しゃーない」
「……………さま」
 怖かった。
 けど、
 嬉しかったのに。
 こんな結末なんて、あんまりだ。

 翼が、流れる血が、熱い。


「しゃー…ない」

 熱い。





 半月後。

「シキ=ウォーレン。参りました」
 呼ばれて執務室までやって来た。
 ノックをする。
 辞任も考えたが、あの代償を考えれば、出来なかった。
 重い気持ちで扉を開ける。
 そこにいるのは、まだ包帯の取れない、今や片翼の傅英の姿。
「…シキ」
「………………傅英さま」
「シキ、…座れ」
「…………」
 顔を、上げられない。
「…………あのな」
 とんと、反対側に座って、傅英は言う。
「……痛く、ないんだよ」
「嘘です」
「…………あれは、俺が悪かったよ」
「嘘です」
「………じゃあ、なんて言えばいい?」
「…………」
 責めて。
 責め抜いて、打ちのめして欲しい。
 その方が。
「……楽か?」
「っ」
「……駄目だ。お前を、責められるもんか」
「…でもっ」
「あれは俺の判断。俺の決断。副団長の意地にかけて、…誰の所為にもするもんか」
「……………っ…………」
「…………泣くな」
「……そ…です」
「疑り深い奴………」
 そう言って、撫でてくれた手は、暖かかった。
 その後、自分は彼の臨時補佐官となった。
 自分が、諦めないようと、そう案じてのことだと判った。
「傅英様」


 視界が暗いのは、届く手がないからだ。
 闇の中。
 俯いて。
 こいつはまさにそうだったから。
 あの時。
 まだ、ブレイカーだった時。
 俺は。

 俺は、なにが欲しかった?


 俺は、何が、欲しかった…――――――――?



「………なあ、……」
「え?」
「……お茶、飲もうぜ」
 ぽんと頭を撫でて。
 笑う。

 日溜まりの中の笑顔を。
 与えていこう。
 俺が、欲しかったもの。


「…………は、」


 憧れる。その姿。
 走る姿。
 強い、人。

 貴方のように。

「い…」

 強く、なりたい。


 貴方より。

 強く、なります。


 傅英様。



「……………」
「シキ」
 訓練場で、あのコンラッドという男に声を掛けられた。
「あ、…コンラッド………様」
「躊躇したな、お前」
「そんな…ことは」
「…嘘吐け。間があった」
「……いいんです!」
「…おお一丁前に逆ギレか」
「………コンラッド、様は」
「なんで躊躇するよ」
「だって、偉そうじゃないし」
「なら傅英は?」
「あの人は……偉そうとか…そういうんじゃ……たたき上げの人だし」
 言ったら、コンラッドははあ? という顔をした。
「たたき上げ…何処が? そう言えなくもないけど」
「…え?」
「お前、あいつがいつ入隊したか知ってるか?」
「……いいえ」
「15歳の時だって。んで、その二年後にもうサブブレイカーになってる」
「ええ!?」
「な、あれもいわゆる天才型。…努力型だろうけどな」
「…………」
 たたき上げと信じてきた自分って。
「…ちなみによ、俺四席だから。あんまいい口聞くなよ?」
「…………四……?」
「そ。四番目にー偉い…」
「…………」
「なに、そのしっつれいな顔は………」
 しばらく、顔が引きつったままだった。
 それは後日のお話。


 お守りのように、あの翼を封じ込めた宝石を持っている。
 忘れないように。


 踏みにじらないように。


 一瞬ごと、決心して。






「傅英様!」
 笑っていられるよう。

 一瞬ごと。

 決めていこう。







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−参照−用語・キャラクター等関連ML(〜3210 時点)


 傅英=ヴェリスーン
 ―――――『2898/ネヴィル−51−幕間−【片翼のマギ=アーサー】』初出。

 シキ=ウォーレン
 ―――――『3196/ネヴィル−91−閑話/螺旋歯車加速事変−9【月の天使】』

 コンラッド=ソルエン
 ―――――『3168/ネヴィル−85−閑話/螺旋歯車加速事変−6-1【愛に時間を3】』初出。

 ヒューリ
 ―――――『3021/椿姫+17【まさかの寒冷前線】』

 イル=クエス
 イル=シング
 イル=リアス
 ―――――初出。

 リュカイ領
 雪が丘(スノーフリーク)
 ―――――初出。

 席官(ソーク)
 ―――――『3168/ネヴィル−85−閑話/螺旋歯車加速事変−6-1【愛に時間を3】』初出。

 キングソル
 クイーンソル
 ―――――初出。