天使の御加護

真っ白な天使様、どうかお願いです。
大きな翼の天使様、教えて下さい一つだけ。
どうか、どうか、お願いです。
教えて下さい命の訳を。
教えて下さい魂の行方。


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それはラジアハンドには珍しく、数年に一度と言われる雪が降った日の
事であった。
ラジアハンドの王妃、シャルロッテ王妃が亡くなられた10年忌。
5年前…まだ、幼いエリーゼ王女を残して、王妃は逝ってしまった。
その日は雪が降っていた…白い淡雪の様なヴァデラート姫を産み落として…
その日は雪が降っていた……ほっそりした王妃の体を白く、白く…覆い隠す様に。


第二王女、ヴァデラート・ラズフィアス・ラジアハンドは
母の10年忌を弔う参列から外れ、一人…誰もいなくなった教会の前に来ていた。
教会の前にはラジアハンドの守護天使と言われるラスミサイヤの像が
白い雪の降り積もる中…冷たく、ただ天を見上げていた。
一歩一歩…足取り重く、像に近づいていく…
何度も、姉や家臣達と一緒にこの銅像を見てきたが、今日ほど冷たい表情に
思えた事は無い。
いつの頃だったか…この国のビショップがこの天使と良く似ていると
いう噂を聞いて一度会ってみたいと言ったのを覚えている。
その時は、沢山の家臣にビショップ様はお忙しい身だから…と言って
結局会う事は出来なかった。
同じ城に居るのに…今まで一度も会うことも無いなんて…と
そう、寂しく思うと自然と足はこの像の前に来て、なんども何度も…
この像の前で過ごした。
元々病弱な体だったのでこの像の所まで来るのは本当につらかったのだが
何故かココまで来てしまうと、体の疲れもとれて、とても満たされた
気分になる。
教会の中にある沢山の神々の像よりもただ一つ、離れた前広場にある
この像が人気なのは、そんな不思議な力の責でもあるのかな。と
ヴァデラートは思う。

黒い、派手すぎないフリルの付いたドレスを雪の上に惜しげもなく
おろすと、そのまま雪に小さな足跡をつけながらまた一歩一歩近づく。
そっと触れると、ひんやりとした冷たさが心を震わす。

「ラミスサイヤ様…」
声はただ降り積もる雪にだけ聞こえている様で…
「お母様は…どうして…」
もう涙も出ない瞳は天を見上げる天使像の瞳を見つめる…
「死んでしまったのですか?」
絶対に見つめ合うこと無い瞳を…

光の無い瞳は灰色の天空を見つめ。
なによりも大きな翼はけしてはばたかない。
細く美しい御手は合わさって、誰の手も受け取れない。

「姫…様?ヴァデラート様?」
凛とした声が朦朧とした意識のヴァデラートの脳裏に響く。
ゆっくりと像にもたれ掛かるようにして振り向くと…
そこには見たことの無いエルフの少女が居た。
黒いヴェールを顔の下まで垂らしていて顔や表情は判らないが
ヴェールの先から覗く長い長いエメラルドの髪や漂う気品から
城の関係者である事は判った。
「………あなたは………だ………れ……」
不思議なエルフの少女に問おうとして一歩踏み出すが
もうヴァデラートの体力は雪に吸われ過ぎていた。
意識が朦朧として雪の上になだれ込む様にして倒れる………!!
と目をつむっていると、自分が倒れ込むハズの冷たい雪とは
違い、温かい…ぬくもりの上にヴァデラートは倒れた。
視線だけあげるとそこにはさっきのエルフの少女が居た。
ヴァデラートには倒れるのが一瞬だったように思えたのに
朦朧とする意識の責で良く時間の速度が判らないのだろうか?
エルフの少女は黒いヴェールの下で詠唱を唱える。
「大地神マーヴァリースよ…我が名はレイチェル・ヴァレスト…
汝の大いなる慈愛の御心を光とし、我が名のもとにその姿を現わせ
ラディレール」
温かい光が自分を包むのが判った。
それと同時にこの少女の名。そして、かなりの法力の使い手で
あることも…。
光がだいぶおさまる頃にはヴァデラートの少ない体力も
回復していた。
雪の上でエルフの少女に膝枕をしてもらう体験は初めての
事だったがなんだか、失ったばかりの母の面影が感じられて
ヴァデラートはすんなりと受け入れる事が出来た。
「あなたは…レイチェル様というのね」
「はい。姫様」
「たすけてくれてありがとう…ココは、とてもさむいわ」
「ええ、そうですね。今は準備などで、どこも忙しくなっています
宜しければ、私の部屋で御体を暖めてください」
ヴェールの下でにこりと微笑んだ様に思えたのでジッと見つめると
ヴェールの下の瞳は笑ってはいなかった…それどころか…
とても、悲しい瞳をしていた。

レイチェルと名乗ったエルフの部屋に入ると、そこは一面青で
コーディネイトされた簡素な部屋だった。
あまり行動範囲が広く無いヴァデラートはもちろん初めて目にする
部屋であり、中にある調度品なども後で判った事だが
自分達のモノと比べても引けをとらない品ばかりだった。
「姫様は…あの様な所で何をなさっていたのですか?」
暖炉の前で毛布にくるまっていたヴァデラートに良い香りのする
紅茶を差し出しながらレイチェルは言った。
「天使様に…お願いしたの」
「天使…ラスミサイヤの天使像にですか?」
「うん…そう。天使さまに…お母様がどうして死んでしまったのか
聞きたくて…」
「姫様、その事は…」
「ううん。わかってる…私を産んだから死んだって。
もともと体も強い方じゃなかって事も知ってる、けど…」
「…………」
「私を産んで、お母様が本当に幸せだったのか知りたいの
もう、無理だから…天使様にお願いしたんだけど…
やっぱり無理だったのかなぁ?」
「そんな事…ないですよ…」
暖炉の前で丸くなる私の前でレイチェルは初めて黒いヴェールを取った。
その顔にヴァデラートは唖然とする。

いつも願っていた事が、一つ………叶った。
天を仰ぐ天使様に…いつか視線を合わして私をちゃんと見てもらう事。
目の前に立つレイチェルの紅い深紅の瞳はまっすぐ自分に向けられていた。
そして、長い長い髪を揺らしながら近づくとそっと頬に触れた。
像とは違う、温かい…ぬくもり。
あの天使像が冷たい殻を抜け出して今、自分の前で自分の頬に優しく
触れていてくれる。
そんな錯覚を…ヴァデラートは思わずにはいられなかった。
「あなたは…もしかして、ビショップ様ですか?」
神聖な者に言うかのごとく、10歳の知識をフル可動して言葉を選ぶ。
「ええ、紹介が遅れて申し訳ありません。
私はラジアハンドビショップを勤めさせて頂いている
レイチェル・ヴァレストと申します…こんなに間近で姫様とお会いするのは
初めてですね」
頬を線を柔らかくなぞりながら言うとヴァデラートはどうしてだか
胸が熱くなり、そのままレイチェルの胸の中に飛び込んでしまった。
「私…レイチェル様に、とても…お会いしたかった…」
「…………?」
「私の…天使様に…ずっと…………」
涙の嗚咽と重なってほとんどかすれた声音で言うと
困惑したレイチェルの胸の中でそのままやすらかな寝息を立てた。
「ヴァデラート………様?」
魔法にかかったように寝てしまっている姫をゆっくり抱き起こすと
そのまま自分のベットにゆっくりと寝かせた。
ベットに脇に鏡台の低い椅子をつけてやすらかな寝顔を見ると
今日初めての笑顔がこぼれていた。
「貴女は…私が………」
笑顔と共にこぼれ落ちた言葉をヴァデラートは聞く事ができなかった。
聴いていたのは白い天使だけ。
空から舞い落ちる白い天使だけだった。


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レイチェルとヴァデラートの出会いの話です。
昔から書いてあったんですが…今更UPです…。
レイチェルの髪がとても長かった時期の話でいつか髪を切る
前の話でもあります〜。

meira