陽家の成り立ち


 昔々。今現在から時は100年ほど溯る。
 デーヴァに起こった話。今はもうわずかにしか覚えてはいない伝記。

 事件の起こる一ヶ月前のこと。


「ゆきちゃーん?ゆーきーちゃーんー?・・・・おいっ、ゆき!」
 それはそれは耳に痛い声が1階建ての家に響いた。
 声を出した主の真っ黒い髪には寝癖。大きな黒い瞳には1人の『人』が映りこんで
いる。
「俺は雪(せつ)だ。ゆきじゃない。」
 ゆきと呼ばれた男は目もあわせず答える。
 雪も黒い髪に黒い目をもっていた。但し、雪の方の髪は長く邪魔にならないよう結
ばれていた。
「で、ゆきはこの本に載せる移動用の式は、『龍』と『鳥』どっちがいい?」
「二方共に書き付けておけばいいだろうが。ばかそら。」
「術式を二つも書くのかよ。面倒〜。それから、オレばかそらじゃないし。オレは霄
(しょう)!」
 実はこの2人、年の差1つの兄弟である。兄は陽 霄、弟は陽 雪。
 顔も性格も似てはいないがきちんと血の繋がった兄弟だ。
「貸せ。」
 深く溜息をついた雪は彼の兄の手から作りかけの冊子を奪い、術式を書き留める。
 適当に墨を擦りつけたような字は兄のものだ。雪の字はきれいに整っていたものだ
から霄の書いた字は余計に酷く見えた。
「へえ、さすが。」
 

 その日の午後のことだった。
「オレ、死にたくないな。」
 冊子に書き込むのをやめて休憩を取っていたときのことだった。
「あたりまえだ。死にたくなどないさ、俺だって。だが、あれは皆平等に来るものだ
ろう?」
 もたれかかった椅子がキシリと音を立てる。
「でも、オレ達は何時死ぬのかもわかってるんだ。オレは後3年てことが決まって
る。」
 霄の目には何も移されてはいない。
「一族の定めに、誰もが一生懸命に抵抗したさ。結局は――」
 陽家。その血を告いだものはすべて二十歳を超えることができなかった。一族のも
のは二十歳になると不治の病にかかりこの世のものでなくなった。
「何かないのかな・・。オレ達の生きる方法が。」


 虹色の炎が地を駈ける。
 木々は溶けているのかもしれない。
 ここは本当に故郷なのだろうか?


+++






 
 部屋には本のページの変わることだけ―――
「またっ?!」
 ではなかったようだ。
「どうしたんだ・・。」
 ゆっくりと読書を楽しんでいたというのに・・・。
「近くの村の農家に住んでた一家族と家畜が亡くなったってさ・・・。まだ幼い子供
もいたって…。」
 瓦版を握った手は白くなっている。 
 これは、人間か、亜人がやった出来事だ。生物以外のものには傷一つつけないでこ
れを実行できるものはこれくらいしかものいつかない。
「どんな頭をしているのか想像もつかないな。」
「・・犯人のイカレ頭め・・・。」
 ふう・・と雪は溜息をつく。
「気分を変えに買出しでも行くか?」
「行く。羽もだす。ゆきもだかんなぁ。」
「俺もなのか…」
 霄の翼は淡い淡紅色、雪は灰色で二人の赤い狩衣と青い狩衣によく映えた。



 彼らはこの後、運命を決めることに直面する。
 これはとても小さな村で起こった話。ゆえに深く語られることも無く、忘れ去られ
てしまった。
 彼らはどう思うのだろう。自分たちのやることの意味も知らず・…。

                                      
+++





 
 飴色の炎が地を駈ける。
 木々は溶けてしまったのかもしれない。
 見知ったピンブローチを拾っても、端が溶け悲しくへしゃげている。
 折れた剣、溶けた盾、こぼされたスープ・…ここは本当にオレ達の育った故郷なの
だろうか?


「何なんだ?!これ?!」
 ここは故郷のはずだ。少なくとも場所は。少なくともつい先ほどまでは。
 飴色の炎。それがすべてのものを燃やしてしまっている――いや、溶かしていると
言ったほうが正しいのだろう。

 何が起こっている?なぜ?どうして!?

「霄。しっかりとしろ。水をかけてみるんだ。分かるよな?」
 雪の声も震えている。
『『ここに集いし空間の者どもよ。汝等姿を変え水滴となれ。我等が名は陽 霄・陽
雪なり。』』
 呪文に導かれ多量の水が現れる。
 だが――あるものは音をたてて消え、またあるものは炎に飲み込まれる。
「普通の炎じゃないんだ・・。」

『まだ、この村にも居たのだな・・。』
 明らかに人のものでない声。良く通り、美しい声だが何かが違う・・これは人では
ないと本能が告げていた。 
 音をたててまた飴色の炎が現れる。それはあるものを映し出した。
 手・・と自然にはできない不自然に濃い赤色。赤色の悪魔の背にあるような形の
翼。
「なっ・・・。」
『村に今命あるものはお前たちの他に居ない。応戦してはいたが―――』
 刃物のような風が赤い翼に向かって吹いた。だが、薄くついた傷さえもすべて消え
る。
「おまえの正体は何だ。どうして村を襲った?」
『答える義理も無いな。』
 薄く笑いを含んだ声音。
『――――我等は命じる。かのものを我等の血筋に封じよ。代償はかの者によって流
れた血。我らが名は陽 霄』
『陽 雪なり。』
『ほう・・。我を封印するきか。だが、そう簡単にはいかぬ。後悔することだな。』
 化け物はそう言って薄くなった体に自らの作り出す炎を押し込んだ。そして、何の
音も立てず消えた。
「何だったんだ?」
「どうせ分からない。分かりたくも無い。」
 後に残ったのは焼け野原となった村。そして、手にできた痣。
 彼らは封印した化け物によって陽家の血の定めという歯車を止めた。


 彼らが止めた歯車は再び動き出す。
 より強力となり、よみがえる。

                            End(?)