ユーリ、頑張ります!承前〜あるいは少年の受難〜



 獣道すらない深い森の中を、飛ぶような速さで一人の少年が駆け抜けていた。息も上が り、絶え間なく流れる汗で種族特有の長い耳や線の細い顔に髪が張り付いている事にもお 構いなしに、彼は必死の形相で走りつづけている。
 (殺される…今日こそ逃げ出さないとあいつに殺されちまう!!)
 時々小枝や鋭い葉が、彼の所々露出している肌を浅く切り裂き少年を痛めつけるが、そ れでも彼の足は止まらない。
 (今日こそ…今日こそ俺はあの悪魔から開放される!!されるったらされるんだぁっは ははははははははぁ!!)
 かなりヤバげな哄笑を控えめにあげながら、少年はただひたすらに森を駆け抜けるので あった。

 「しかしまぁ、また逃げ出したか。」
 「そりゃー、逃げるでしょフツーは…お、晩のおかずはっけ〜ん。」
 アスリースの深い森を、二人の男が突き進む。一人は、成人男性の平均的な体躯を優に 越す大男。全身が鍛え上げられた筋肉と大小様々な傷痕で覆われているその男は、邪魔な 藪を巨大な直剣で切り払いながら進んでいた。そしてもう一人、大男の後ろでキノコや木 の実を片っ端から取りながらふらふらと歩いている有翼人は、その大きな鳶色の翼が小枝 や葉で汚れることに別段気にした様子もない。
 「そうなのか?俺のガキの頃のをそのままやらせてるだけなんだがなぁ?」
 「や、お前さんはいろんな意味で規格外だから…っと蜂の巣みっけ。」
 …なお、大男の言う修行は『普通の』子供がほんの一部でも行えば確実に13回は死ね る内容である(有翼人談)。
 「エディン、お前もメシ集めはそのくらいにしておけよ。誰が取りすぎた分を処分する と思うんだ…。」
 「あのかわいそ〜なボクの連れの竜。奴さんも喜んで食ってたんだからい〜ぃじゃん別 に?そもそも今まで余った試しがないじゃん(それ以前におまいさんが一番よく食じゃ ん?)。」
 「…それもそうか。」
 それ以降は会話もなくただ黙々と森を進む男たち…エディン=ミラーフェルトとジェイ ドの傭兵コンビであった。
 さて、事の起こりは遡る事十数日…。



 「どうした馬鹿弟子。まだまだ修行コースは始まったばかりだぞ。んん?」
 広大なストレシア砂漠を悠々と、ドゥカラに引かれた幌馬車に揺られながら大男が揶揄 する、その視線の先には脱水症状でくたばりかけながらも惰性で歩いているエルフの少年 がいた。
 「……。」
 「おひ、あのボク死にかけてるけど…。」
 「なぁに、あの程度では『俺は』くたばらんかったぞ。」
  ジェイドが一向に動く様子がないので、エディンは肩を竦めながら少年に水筒を投げ て寄越す。それを受け取るや否や勢いよく中身を飲み出す少年を尻目に、
 「そもそも『れっつさそりING!二週間耐久無補給砂漠横断でごぅごぅ!!』って何? お宅本気でこれやって生きてたの?つーかネタじゃないの?」
 「うむ、流石に十日目からは死ぬかと思ったが、期限内にアスリース・クラリアット間 を徒歩で横断したぞ。なぁに、今回は逆行コースだが人間その気になれば何でも出来る。」
 「……おまいさん、ほんっっとぅに人間かい?先祖にオーガとかいたんでねーの?」
 等とのんきに会話を続ける男二人。こういった会話を横で幾度も聞きながら少年……グ レイス(偽名)ことフェルベルトがクラリアット国境から徒歩で歩き始めてはや五日が過 ぎていた。途中、幾度かエディンのフォローがあるにはあったが、その本人も砂漠越えに 必要な物資の満載した幌馬車から決して出ようとはしない。 そして、ついに溜まりに溜まったフェルベルトのストレスが爆発する!!

 「…我操るは死呼ぶ大嵐(たいらん)…。」
 「ん?」
 ジェイドがグレイスの詠唱に気付くも、
 「其は何者も阻めぬ一陣の風……死ねやクサレ○○○どもがぁ!!デッドリーストーム ゥ!!!」
 時既に遅し…無数の真空の刃と荒れ狂う砂にたちまち馬車はズタボロに。ただ、ドゥカ ラだけは無傷であったが。
 「あの馬鹿、やってくれるな…。」
 「おまいさんがもちぃっと、愛をあげないからこ〜なるの。…あ〜あ、砂って取りにく いのにぃ…。」
 砂中からぬぼっ、と体を起こす大男としきりに翼をばたつかせる有翼人。
 「……は、……は………だぁ…!!」
 遠くから、少年の魂の叫びが途切れ途切れに聞こえたっきり、風と砂の擦れあう音だけ が周囲を支配する。
 「しっかし、俺に魔術が効かん事を忘れるまでプッツンするとはなぁ…。」
 「いや、案外色々考えてたんじゃねぃの?お宅の胸、ちょこっとだけど切れてるし。」
 言いながらエディンの指差す個所は、"エリミネイション"により魔術では傷つかぬ筈 のジェイドの体躯が、ほんの僅かではあるが確かに切れていた。ただ、指摘している本人 は全身を浅くまんべんなく真空の刃に切り裂かれ、何気に血まみれだったりするのだが。
 「む、俺の体質もヤキが回ったか?」
 「単に相殺仕切れない程の魔力が篭ってたかなんかじゃないのん?僕ぁ魔術は門外漢だ からそれくらいしか思いつかない…てーか、この僕にも火急速やかに愛…を……。」
 言いながら、失血過多うつ伏せに倒れる血まみれの有翼人。それを呆れながらもめぼし い荷物を崩壊した馬車から回収、ぼ〜っとしているドゥカラの背にエディン共々荒縄でく くりつけ…

 いきなり背負っていた巨大な直剣の腹でその毛むくじゃらの尻をぶっ叩く。

 奇声を上げ、いづこかへ走り去るドゥカラを、
 「お〜い、もうちょい右、右に逃げろぉ〜!!そっちはグリフ方面だぞぉ〜!」
 等と言いながら、直剣を牛追い棒代わりに巨体からは想像もできぬ駿足で追いかけるジ ェイドであった。

 ちなみに少年の相棒たるワイバーンはと言うと、我関せずとストレシアの遥か上空をの んびり漂いながら、爆走する少年を(一応)追っていた

 それから丁度七日目。アスリース国境付近のとある村(!)でついに師弟ははちあわせ …結果壮絶な鬼ごっこが勃発。結果半壊してしまった村を逃げるように去りながらも傍迷 惑な師弟コンビプラスアルファの鬼ごっこは終わることを知らない。
 そして彼らはアスリースの南東を目指し行軍中。そして、ひたすら逃げる少年の進行方 向、おおよそ徒歩で丁度1日の距離に…
 小さな、妖精達の住まう泉があった。


 「ち、チクショーー!」
 「あはははははっ!」
 ずぶ濡れになって逃げ去る木こりを、心底馬鹿にした態度で見送る妖精が一匹。そして、 人影が見えなくなって漸く、数匹の妖精が「彼女」の回りに集まってきた。
 「ねぇ、いいかげん人間をからかうのはやめたほうがいいよぉ?」
 「そうよ、こないだだって怒り狂った連中に泉を追い出されたばっかりじゃない!もう 八個所目なのよ!!」
 「まぁまぁ。でも、いいかげん腰を落ち着けたいのはボクも同じだよ?」
 口々に諌め、文句を言う彼女の仲間たち。だが、
 「だいじょーぶだいじょーぶ。ウスノロい人間なんかにあたし達が捕まるわけないじゃ ないの。今までだってなんとかなったんだし、いーじゃん別に。」
 とまぁ、全く耳を貸さない。
 「彼女」――なお、個体を識別するための名をこの水妖精の種族は持たない――は、こ れまでに様々な悪戯で泉を訪れる人間達を水浸しにしてはその無様な格好を笑っていた。 当初こそまぁいいか程度に思っていた被害者達ではあったが、その度重なる行為にいい加 減業を煮やす事に。結果、彼女だけでなくその仲間達諸共最初に住んでいた泉から追い出 されてしまった。既にこのようなことが幾度も繰り返されていたのだが、「彼女」は懲り るどころか益々調子に乗っているという始末。そんな「彼女」に仲間達はいい加減愛想を 尽き始めていた…。

   そして、丁度フェルベルト達が泉に近づいていたある日。
 何時ものように彼女が自分達を追い出しに来る人間を待ち構えていると、数人のフード つきローブで全身を覆った一団が泉を訪れたのである。これこそが彼女の「始まり」であ った。


 (クソ、あいつ先祖にオーガでもいたのかよ!!)
 内心毒づきながらも、フェルベルトは極力音をたてぬよう木々の間を駆け抜ける。
 己の仕掛けた初歩的な、躓かせるための草のトラップから多種のロープトラップや致死 性のものまで、その悉くを文字通り力技でぶち破りながら進むジェイドと、その後ろでの ほほんとしているエディン。その様をまざまざと見せつけられあっけに取られている内に 見つけられ、再び熾烈な鬼ごっこが始まっていた。近くからは実に、本当に楽しそうな笑 い声が自分に向け近づいてくる事をグレイスは感じていた。
 (あがいてやる…最後の最後まで諦めてたまるかよォッ!!)
 既に意味不明な叫び声を上げながら、ただグレイスは駆けるのであった。

 「ほっほっほ、もう後がないぞ?大人しく私の支配を受けるのであ〜る!」
 「だ〜れが人間なんかにっ!!」

 ローブの男達は現れるなり彼女達を捕らえようと動き出したのである。仲間達で反撃し ようにも、既に「彼女」の周りには一匹もいない―即ち、「彼女」は仲間たちに見捨てら れたということである。
 今頃どこかで自分を笑ってるであろう仲間達を思い浮かべ苛立つも、それで事態が解決 するはずもない。「彼女」も飛び回り、得意の水で応戦するもフェアリーマスターと思し き男達の手により水は火の妖精が、飛び回る「彼女」は風の妖精がそれぞれの技で完全に 押さえつけており、捕えられるのも今や時間の問題であった。
 「大体さぁ、あんたホントに人間?どー見たってそのツラはオークじゃないのさ?」
 「むぁ!?ひ、人の気にしている事をズンバラリとっ!?」
 「やっぱオーク顔だよなぁ。」
 「あぁ。時々喋るオークと間違えて襲いそうになるぞ、俺は。」
 「あ、それ俺も。」
 彼の仲間達もそう思うらしく、後ろでヒソヒソと囁きあっている。だが、風のフェアリ ーも支配するオーク…もとい、この男にはしっかりと聞こえていたのであった。
 「お、お前らぁ!今月の給金は九割カットだ!?!?」
 「「「そ、そんなご無体なぁっ!?」」」
 見事に揃った動作で叫び、祈り、詠唱、念じ出す三人組を無視、改めて悦に入るオーク 顔。
 「ヌフフフフ…この私カリューン=ド=ハクリファーに仕えられる事を幸せに思うがよ い!!」
 強制支配の呪を唱え始めるオーク顔…もといカリューンを、話の片手間に風の檻に周囲 を囲まれ、全く身動きがとれない「彼女」はただ、悔しげに睨み付ける事しか出来ない。 ちなみにカリューンの後ろでは、祈りが天に届かなかった三人組のフェアリーマスター達 は真っ白な灰の塊になってしまっていた。
 「…よ、是をもって汝を我が僕とす「邪魔だブタ野郎っ!」ぅぼらはっ!!」
 そして、まさに呪が完成するその時!突然の横殴りの衝撃にカリューンが奇声と共に泉 へと突っ込む。そして、「彼女」が目を白黒させている所へエルフの少年…フェルベルト がカリューンの横っ面に見事な飛び蹴りをかましながら現れた。そして泉に顔を突っ込む カリューンの巨躯を何と片手一本で持ち上げ、素早く後方へとかざす。
 「おい、あぶねーからこっちゃこい!」
 「へ?ってちょ!?」
 傍らにいた「彼女」をひっつかみ、咄嗟に懐に入れた瞬間、鋭い風切り音とともに拳大 の石が彼らに大量に襲いかかる!
 「秘儀、肉の壁っ!!」
 「あばびょぉっ!?」
 それを全てカリューンで防ぎ、なおもオーク顔を空中に引き摺りながら森へと駆けこむ グレイスの後を、
 「はっはっはっはっはっはっはっ!」
 山彦を伴う哄笑を上げながら凄まじい勢いでジェイドが追いすがり、
 「あ゛〜〜、ちかれたぁ…。きゅーけ、きゅーけ〜〜い。」
 それにかなり遅れてやって来たエディンはどっかと泉のほとりに寝転び、寝息を立て始 めるのであった。

 「ちょっと、そろそろ出してよぅ!」
 「……っ、ワリ!」
 全力疾走中ゆえ、言葉少なに「彼女」をひっつかみ、顔の前に持っていくフェルベルト。
 (わ、むっちゃ好み!」
 「ぃつぁ、どー、も。」
 途中から出ていた「彼女」の声に律儀に反応しながらも、その足は決して止まらない。
今も木々を飛び移り、小さな小川を越え、後方の笑い声からひたすらに逃げる。
 「んじゃ、あばよ。」
 「ってえぇっ!?」
 突然上へと投げ出された体を中空で制御。既に小さくなっているフェルベルトの姿を追 いかけようと…。
 「はっはっはっはっ、まぁーーてぇ〜〜、こぉ〜いつぅ〜〜〜☆」
 「わきゃあ!?」
 気色悪い猫撫で声とイイ笑顔を纏う暴風に巻き込まれ傍らの木に正面衝突。
 そして、漸く追いかけられる状態になった時、遥か彼方では。

 「ぅわらばっ!」
 「ク、師匠!無関係なヤツを傷つけて平気なのかよっ!?」
 「何をいうか馬鹿弟子。その御仁をお前が解放すればよいだけであろうが?」
 「そ、そうであ〜る、早くその手ぇぼげらって!?」
 「言ってるそばからデカブツを振んな、デカッブツをっっ!」
 「ん〜?聞こえんなぁ。それに何時もお前には敬語で話せと言ってたはずだが、んん?」


 「な、何をする「ぶぎょ」やめろっ「へわぽ」て「……。」このおっ「…。」さんがって、 お、おわぁーーーーーーーーーーーーっっっっっっっ!!?」



 全てが、それはもう色々な意味で終わってましたとさ。

 それから3日。「彼女」は少年を探して森の中をさ迷っていた……のであるが、何をト チ狂ったかストレシア砂漠のど真中で干乾びかけていた。肝心の師弟一行のほうは既にテ ーヴァに入っていたので、見当違いもいいところである。
 (だぁめぇ〜、じぃぃぬぅぅ〜〜〜〜…。)
 さんさんと照りつける太陽と熱砂により既に声を出す気力すらない。朦朧とした意識の 中、彼女の頭を占めるのは、
 (落ちついた所でゆっくり語り合って、そして二人はいつしか惹かれ合うの。そして何 時の間にか唇と唇がコンニチワ…ってきゃーあたしったらなにかんがえてるのいやでもか れがのぞむのならそのさきもさきのさきもおっけーむしろはやくきてというかああめくる めくにじいろのこうけいが)
 加熱し、暴走した妄想だけであった。まぁ、これもある意味幸せな死に様なのかもしれ ないが。

 それからどれだけの時間が過ぎ去ったか。ふと、「彼女」が目覚めると。
 「夜空?」
 満天の星空と、水に浮かぶ己の体。
 「目覚めたか?」
 そして、落ちついた声。顔をそちらへ向けると、水辺のほとりに足を浸しながら一人の 青年が座っていた。茶色の髪と褐色の瞳。どこにでもいそうな極普通の容貌の彼だが、ど こか身に纏う雰囲気が明らかに違っていた。
 「え〜……あんたが助けてくれたの?」
 己の状況を漸く理解した「彼女」が、訝しげに青年に尋ねる。
 「砂漠でお前を拾っただけなのだが、そうなるか…それとも、余計な世話だったかな?」
 ぶんぶんと首を振って否定する小さな妖精をおかしそうに見ながらも、青年は続ける。
 「しかし、水妖精があのような場所で何をしていた?普通なら1日と持たずに死に絶え るはずだが。」
 「え〜とね、…。」

   以下、相当に美化と「彼女」の主観・贔屓の入った森での顛末を延々と「彼女」は語る のだが、青年は特に嫌な様子も見せず時折相槌や質問の声をあげながらも、最後まで大人 しく聞いていた。

 「成る程、要は一目惚れの相手を探しているという事か。」
 「いやん、一目惚れだな〜んてっ!」
 でもでもぉ、やっぱそうだよねぇ〜、等と言いながらぺしぺしと青年の肩を叩く「彼女」 をどこか微笑ましそうに見つめながら、
 「だが、どうするのだ?多少は力があるといえお前は水妖精。この地でそう長くは生き られんぞ?」
 「う〜、砂漠から出れば「言っておくが、人間達がストレシアと呼ぶこの地は殆どが砂 に覆われている。そもそもこの場所から次の水場まで『迷わずに最短距離』で2日。お前 が力尽きる公算が遥かに大きいぞ?」…むぅ。」
 それに、と青年は続ける。
 「ここはストレシアの丁度中間地点にあたる。私が連れてやってもいいが人の足でも2 0日以上かかる距離を、この暑さにお前は耐えきれるのか?」
 穏やかに、だが厳しい現実をつきつけられ「彼女」は、
 「うぇ、じゃあどぅすれば、っぐ、いいのよぉ…。」
 泣き出してしまった。
 「まだ楽しいこともあんまりないのに、っふぇ、彼の、名前もっく、聞いてないのにぃ …すん。」
 大泣きする「彼女」困った表情で見つめる青年。やがてそもそもお前がどうやってここ に来れたかが不思議でならんよ、と苦笑を交えながら、
 「一応、手段はあるぞ?」

 途端、涙でぐちゃぐちゃの顔がどアップで青年に迫る!!
 「おぉしえてぇ、今すぐに!ちっとでも早く彼に会いたいのよぅ!!」
 「落ちつけ、落ちつかんか!?教えてやらんぞ!」
 顔を微妙にヒクつかせながらも一喝、途端に大人しくなる「彼女」を多大な呆れを含ん だ表情で眺めながら、青年は言を紡ぐ。
 「全く…。ただ、この方法はお前に長い眠りを強いる事になるだろうが、それで構わん な?」
 「う〜…死ぬよりマシだからい〜もん。」
 「そうか…また、妖精より遥かに長き時を過さねばならぬ体になる「全然おっけ〜!彼 はエルフみたいだったし、長寿になるんならバンバンザイっ!!」……そう、か。」
 微妙な表情で頷き、徐に「彼女」に手を翳し、目を閉じる。と同時に「彼女」の周りを 光の粒子が舞い始め、やがて粒子は糸となり糸は繭となり静かに、そして優しく「彼女」 を包み込んでゆく。
 「え、え?コレ、何??」
 「落ちつけ…今からお前を精霊に昇華する。」
 「せ、せ〜れ〜!?そんなこと出来るあん…た……誰…。」
 ふむ、と呟き青年が目を開けると「彼女」の居た空間には中に浮かぶ水色の光る繭が。  「眠りについたか…次に私達が会う時までに彼とやらに会えるとよいな、妖精の娘。」
 そして繭を懐へ仕舞い、何事か低く呟く。瞬間それまで水を称えていた泉が消え去り、 ただ乾ききった砂がそこにあるのみ。
 「さて…ルーに預けるか…。」
 そして、精霊王リングリースは独り、夜の砂漠へと姿を消すのであった。


「あぁ、忘れていた。この娘の名はユリシーズ……貴名は後で考えておくか。」




余談その1

 「お嬢様、足跡はこちらに続いております。」
 「そう、ありがとう。」
 輝かんばかりの流れる金髪と、澄み切った青い瞳を持つ美女が、カリューンの従えてい た三人の先導で深い森を歩いている。彼女の周りにはカリューンが使役していた妖精達が じゃれあいながら付いて来ていた。
 「しかし、何時見ても見事ですね、お嬢様。」
 鉈で藪を切り開きながら、三人のうち一人が言う。
 「これがフェアリーマスターとして普通だと私は思うんだけど?お父様のやりかたじゃ この子たちも本当の力は発揮できないわ。」
 ね?という彼女の問いに笑いながら風と火の妖精達が頷く。
 「それよりも…私からすれば頻繁に灰になっても生き返ってくる貴方達のほうがよっぽ ど凄いと思うんだけど?」
 「や〜、これくらい普通です普通…そう思わないと俺達やってけないっす。」
 な〜、と揃った動作で三人が頷く。
 「ふぅ…契約の失敗で、ねぇ…私のご先祖様のとどっちが酷いのやら。」

 そうこうしているうちに、まるで竜巻がそこだけを襲ったような、酷く荒れ果てた広場 に彼等は到達した。その中央には人間大の肉の塊が一つ。
 「お父様も、ホント懲りないのね…。」
 ため息一つ、ソレにメディースを唱える美女。
 「む、グレイシアか。何時もすまんのである。」
 起き上がりながらオーク顔もといカリューンが愛娘に礼を言い、よっこらせと立ち上が る。
 「自覚なさっているのなら、もう少し自制なさってください。いい加減お父様のやり方 ではこの子達に協力してもらうどころか嫌われるだけだって、おわかりなのでしょう?」
 「む、むぅ…しかし私はずっとこのやり方で「お黙りなさい。」はい、もうしませんこ れからはもっと親身に妖精さんと付き合いますです。」
 少し離れた場所で三人組は見守る中、父親形無しな光景は当分終わりそうになかった。  「…ほんと、似てない親子だよなぁ。」
 ぽつ、と一人が呟く。
 「ほんとほんと。まさに美女と野獣ダナ。」
 「確か、ハクリファーの開祖が契約トチって、『男は醜く女は美しく』って呪を一族に かけられたんだっけ?」
 「ああ。なんでも妖精達の王と契約しようとしたらしいって文献に書いてたな…。」
 「で、俺達はヒラの妖精相手にトチって『灰の呪』だからなぁ…。」
 「うむ……早くどうにかしたいな。これでは女のことイチャイチャ出来ん!!。」
 「「イチャイチャは死語だろ…。」」
 両隣からツッコミを食らい、ムゥと唸る男。なお、『灰の呪』とは感情が高ぶると体が 瞬時に灰になってしまうという呪である。
 彼等の駄弁ってる目の前では丁度カリューンが自分の妖精達に土下座をしているところ であった。

 なお彼等の話はしっかりカリューンの耳に聞こえており、目出度く給料完全カット&灰 となりましたとさ。


余談その2

 「しぃ〜しょ〜〜〜!エ〜ディ〜ン〜〜〜!いい加減降ろしてくださいよぉ〜〜。」
 テーヴァ上空を、簀巻き&逆さ釣りのフェルベルトをひっさげ、ワイバーンが飛んでい た。
 「だ〜め。あの時はそれはもう死ぬかと思ったんだから、ボクにも同じ思いしてもらわ ないとわりにあわないなぁ〜、って僕ぁは思うのよ。」
 「そーゆーことらしーわ。ま、俺はもうスッキリしたからOKなんだがなぁ。」
 ニヤニヤと、竜の背の上から、尻尾の先で風にたなびく少年をみやりながら男達は宴会 を続ける。
 「お、酒がきれちまったか。この辺だと丁度ウェストルが近いな。」
 「酒場街…いい響きだよねぃ…うぉい竜君、キミにも後で美味しいものあげるからちゃ ちゃっと降ろしてちょ〜らい?」
 ぐぁ、と返事らしき声をあげて急降下するフォルス。尻尾先から聞こえる悲鳴は敢えて 無視…もとい楽しんでいるご様子である。
 「ちっくしょ〜〜ぉ!!おめーら、後で絶対殺〜ぉすっ!!」
 負け犬の遠吠えでしかない少年の怒鳴り声が、激しい風音に遮られ誰にも聞かれること 無くテーヴァの空に散っていった。