有角の大蛇


 私はクォート。
人々に潤剣と呼ばれている。
私はクラリアットの南東に住む武具職人のドワーフとカヌート家との友好の証
としてカヌート家に贈られた剣だ。
剣であるのにどういう訳か私は私で在りはじめた時からこういった
『話す』ことに加え、『見る』『聞く』という事が出来た。
私のことを製作者である南東ドワーフ一の技巧士ホグバックは『完成品』
だと言った。
ドワーフが作る武具はたいてい意志をもっている。
だが自我を持つと一言に言っても強弱があり、見る事が出来ても話すことが出来ない
武具や聞くことが出来ても見ることが出来ない武具などいろいろあるようだ。
そういった点から見てホグバックは私のことを完成品だと言ったのだろう。
私は完成品としてこの世に存在を許されたことを感謝している。


 「クォート!」
荒々しく扉が開かれ、中に入ってきたのは数日前10の歳を迎えたルンドだった。
(・・・騒々しいな)
「あ、すまない・・・早く貴方と話の続きをしたかったもので駆けてきてしまったのだ」
今自分の高揚に気付いたようにルンドは小さな声で言い訳をした。
(・・・口調は大人でも中身はまだまだ子供だな)

 「今日は何の話をしようか」
ルンドがここ最近お決まりになっている言葉を今日も言う。
(昨日の話がまだ終わっていないぞ。今まで私がドワーフについて知っていることを
全て話して聞かせてやった程の時間、私にお前はカヌートの話を聞かせてくれるのだろう?)
「あ、そうだったな。確か私たちカヌート家とドワーフの接点を聞きたいのだっけ?」
(そうだ。昨日は夜も遅かったし仕方なくお前を解放したが今日はまだ太陽が高い。
終りまでしっかりと話してもらうからな)

 それからルンドは話し始めた。
言っておくと私は生を受けてから間もなくカヌートに献上されたのでドワーフのことは
あまり知らなかった。
だが私以上にルンドはドワーフのことを知らない。
歳が若いので家の敷地から未だ出ることを許されていないからだ。
ドワーフの住む洞窟とカヌート家の屋敷は私が思っていた以上に近いのだが
ルンドが何も予備知識を得ていないのを良いことに私はドワーフというものを一部
誇張してしまったのだが、まあそれはルンドが今より年端を重ねれば真実を知る事になる
のだし別にいいだろうと思ってしまっていた。
私は適当にドワーフについて語ったのだが、ルンドは絹を縫うように丁寧に話した。
「クォートはクラリアットとラジアハンドを分ける山脈のクラリアット側に住む
『グバ』という大蛇をご存じですか?」
(いや、知らんな)
「私も本でしか見たことが無いのですが、そのグバのせいでカヌートとドワーフ達は
友好を結んでいると聞きました。なんでもグバというのはドワーフを好んで食べるという
恐ろしい習性があるそうです」
(・・・随分とグルメな蛇もいたものだな)
私はルンドを笑わせようと少しふざけてみた。
「・・・クォート、真剣な話をしているんですからしっかり聞いてください」
ルンドが怒り気味に私を注意した。
全く・・・子供かと思えば大人のような気の配慮をするのだから扱いにくい・・・。

 
  カヌート家と友好を結ぶことになる南東のドワーフ達は昔からこの地に住んでおり、
 武具を作ってのどかに暮らしていた。
 しかし平穏な日々はある日突然失われた。
 グバがドワーフを襲い始めたのだ。
 グバというのは2〜3m程の蛇で眉間から上に伸びた長い角があり、それらは長(おさ)グバと
 呼ばれる5年に一度生まれるグバ達を取り仕切る10m以上の大蛇を中心に行動している。
 性格は凶暴だが長グバがいなくなるとグバ達は一変して臆病になり、
 一切人の前には姿を現さないという特質をもっていた。
 それを知ったドワーフ達は長グバに武器を手に取り向かっていった。
 しかし攻守共に優れているはずのドワーフ達は何故か長グバを倒すことは出来ずにいた。 
 長グバは呪術を使うことが多くの亡きドワーフ達から判明したからだ。
 ドワーフは攻守は他の種族に比べると高いが魔法や呪術に対してはなんの免疫も
 持っていなかった。
 長グバは危険を察知すると幻術と呼ばれる幻を見せる呪術を行使した。
 それに容易く掛かってしまうドワーフは彼らにとって好都合だったのだろう。
 酷い時にはドワーフを餌として求めて洞窟の入り口付近にまで押し寄せてきた。
 日に日にクラリアットドワーフの数が目に見えて減っていくのが誰の目にも明らかだった。
 技術的に高度な武具を作るクラリアットのドワーフが減少するのは
 クラリアットに住む剣技を生業とする人種にとっても重大な問題だった。
 なんとかグバを止めようと人々はドワーフに協力をしようとした。
 ドワーフ達はそれを喜んで受け入れたが
 頑固者の南東のドワーフは唯一それをかたくなに拒否した。
 「わしらのことはわしらで片を付ける」
 と南東のドワーフの長は言って聞かなかった。
 ドワーフはクラリアットのあちこちに住んでいるが、今回のグバの襲撃は南東から起こって
 いるらしくクラリアットでも一、二を争うほどの優れた技工士を持つ南東のドワーフの一族は
 特に被害が大きかった。
 誰もが南東は駄目だと思った頃だ、減少の一途を辿っていた南東のドワーフ達が
 長グバに勝利した。
 剣技で名を馳せていたカヌート家と南東のドワーフ達が協力して長グバを倒したことが
 後に明らかとなった。
 そして半世紀に一度、友好の儀として南東のドワーフ達は自分たちが作り出した名剣を一振り、
 カヌート家は半世紀のうちに倒した長グバの角を献上する。

 とまあルンドの一日分の話を要約するとこんな感じだった。
最後の協力することになった理由は家の者の誰に聞いても教えてくれないらしい。
疑問に思いながらも私は約束通りルンドを解放してやった。


 次の日は朝から珍しくカヌート家は騒がしかった。
ルンドが定刻に私の部屋の扉を開いた。
私はなにかあるのかとルンドに尋ねる。
するとルンドは昨日の夜、グバの生息地の辺りに派遣した者が長グバを見たらしい
という事を聞いたと言った。
すぐにカヌート家は人を集めて討伐に行くとも言った。
「だが私はまだ駄目だと言われた」
ルンドが拗ねたように口を尖らせた。
(当たり前だ。お前はまだ子供なのだからな。
そういうことは大人どもに任せておくがいい)
私はなだめるように優しく言ってやった。
(すぐに帰ってくるだろうよ)


 だがカヌートの者が討伐に出かけてからかれこれもう半日が経過した。
未だ討伐に出かけた者達が帰ってくる様子は無い。
「・・・まだ終わらないのだろうか」
ルンドが窓格子から夕日を眺めて言った。

 私は5年前の長グバ討伐の時には既にここにこの身をを置いていたのだが、やはりその日も
今日の朝のように騒がしかったと思い出した。
だが討伐に出かけた者たちがこれほどまで帰りは遅くなかったはずだ。
(ルンド、話をしないか。
いつまでも外を眺めているばかりではつまらないだろう?)
声を掛けるとルンドは私の近くに歩み寄り腰を下ろしてあぐらをかいた。
「今日は剣の稽古も無かったんだ。みんな討伐に行ってしまった」
そしてドサッと半身を仰向けに倒した。
さて、私が何を話そうかと思案していた時だ。
天井を見るでもなく見ていたルンドが顔をしかめた。
(どうした?)
「・・・なんだろう、音がする・・何か重い物を引きずるような音が・・・」
(?・・・私には何も聞こえないが・・・)
首をひねって訝(いぶか)ったルンドは確かめるように地面に耳をそばだてた。
そして「やっぱり」と私の方に振り返った。
「何かこっちに来るみたいだ。はっきり聞こえる!」
間もなく私にもそれが聞こえた。
ルンドの言う通り、ズルズルと引きずるような音が秒刻みで大きく、近くなる。
あまりにも近すぎる音にルンドは不安になったらしい。
床から耳を離し、その場から飛び退くと私に駆け寄った。
何か言いようのない不安が私の全身を駆けめぐった。


 次の刹那、部屋の扉が凄まじい圧力を受けて宙を舞った。
原型をとどめていない板きれがバラバラと落ちてくる。
「ああっ!」
ルンドが恐怖に怯える。
扉を容易く破ってのけた黒い影の姿を認めたからだ。
それは黄金に輝く対の目、太くも長い眉間から伸びる一本の鋭い角、
扉を隙間無くす程の体の大きさを備えた長グバだった。


 衝撃が私とルンドを襲った。
なぜ長グバがこんな所にいるのかを考える余裕など全くなかった。
ルンドが見たこともない巨大な二つの瞳に足を振わせる。
こんな状況で私が手をこまねいているわけにはいかない。
(ルンド!)
恐らくこいつを追ってカヌートの者たちもこちらへ向かってきているはずだ。
だから外へ出た方が無事に生還できると私は判断した。
だがどうしてここから出るか。
入り口はグバの大きな体で塞がっていてとても出ることは出来ない。
外に繋がっているのは大きな窓だけだ。
だがその近にはグバの1mはあろうかという頭が否応なく存在していた。
グバが体を引きずりながら近寄ってきた。
私は焦った。
いつの間にか私を抱えていたルンドの手から汗が滲むのを感じた。
その手もかたかたと震えている。
このまま放っておいてはルンドは恐怖でたちまち一歩も動けなくなるだろう。
かといって動けぬ私は何もすることは出来ない。
グバが口を大きく開いた。
その幾つも乱立した歯には生々しい血肉がこびりついていた。
まだ、新しい。
長グバは私たちを飲み込もうとする気だ。
ルンドは一層私を強く抱いた。
私は自分が歯がゆかった。
醜悪な牙が迫る。と、

バリイィンッ

突如凄まじい音を立てて窓ガラスが割れた。
とほぼ同時に長グバの奇声が私の耳をつんざく。
長グバの頭には瞬き程の前には無かったいくつもの棘が存在していた。
それは十数本の矢だった。
カヌートの者たちが放った矢がガラスを割り、長グバの頭部に命中したのだ。
長グバは怒り狂った。
辺り構わず片端に物という物を破壊し始めた。
ここにいつまでも留まっていては死の危険性があった。
(ルンド!あの窓から出るんだ!・・・早く!!)
私の声にビクッと体を震わせたルンドは弾かれたように窓に向かって駆けた。
だがそれにいやしくも気付いた長グバは身を翻(ひるがえ)して後ろから襲いかかった。
私が声を上げるひますらやつは与えなかった。
牙という名の凶刃が迫る。
私は心の中でこの小さな子供の名を絶叫するしかなかった。


 ザシュッッ

血を含んだ物が切れる音がした。
私の体にベットリと生暖かい血がかかった。
絶望が私の脳裏を駆けめぐる。
だが、ありがたいことにそれは杞憂に終わった。
「クォート・・・」
すぐ横でルンドの弱々しい声が聞こえてきた。
衰弱しきっているが私が見た感じでは身体に異常は見られない。
ということは・・・・
「怪我はないか?」
上方から大人の落ち着いた声が聞こえた。
見上げるとそこにいたのはスヴェン・カヌートだった。
長グバの頭を一刀で斬り落としたのは彼だった。
「・・・はい・・怪我はありません・・・・・ご心配お掛けしました」
弱々しくも丁寧な口調でルンドは自分の父に言葉を返した。


 それから使用人とおぼしき人々が数人部屋に入ってきて
長グバの回収と大破した窓と扉の修復を済ませると当主であるスヴェンに敬礼して退室した。
扉がガチャリと音を立てて締まると同時にルンドはへたりと座り込むように気を失ってしまった。
無理もない。私は相変わらず私を抱いたままのルンドに声をかけずに眠らせてやった。
だが、実を言うと不思議な疑問があった。
どうしてルンドは長グバの呪術にかからなかったのだろう?
あれほど追いつめられた長グバが最大の武器である呪術を行使しないわけ無いからだ。
しかし、その答えはすぐに意外な人物から聞くことが出来た。
「この子にも呪術に対しての高い抵抗力が備わっていたのだな。
カヌート家の正当な血筋を次ぐ者特有の・・・・・・」
呟くようにスヴェンが言った。
言葉はこの家特有の堅苦しいものだったが、
私にはそのスヴェンの呟きの中にルンドの身の無事に対しての安堵の色が見て取れた。

私は心の内で一人納得した。
これで一つ疑問が解消された。
まだ幾つか知りたいことがあったが、私の声がスヴェンに聞こえるはずもない。
・・・・・・他の疑問はいずれルンドから訊くとしよう。

 スヴェンはしっかりと握られたルンドの指を解(ほど)くと私を解放した。
そして私を定位置に安置しながら言った。

「カヌートとドワーフたちを結ぶ潤剣クォートよ、この子は貴方に特別な
感情を持っているようだ。これからもこの子を見守ってやって欲しい」

スヴェンは私が意志を持つことを知っていたようだった。
私の鞘に収まった刀身にもたれ掛かって眠るルンドの頬を優しく撫で、
ゆっくりと抱き上げると私に深い一礼をしてから私へと通じる部屋の扉を静かに閉めた。

 <終>